4回が終わって1対2で三ヶ日中が1点のビハインド。
次の1点を取ったチームが勝利へ“グッ”と近づく。
5回の裏の北星中の攻撃。

マウンドのコウタは一向に咳が収まる雰囲気がない。
相手チームの大きな野次すらかき消すほどの、大きな大きな咳をしながら、サトシの出すサインを覗きこむ。
(大丈夫かな…)
これまでの練習試合では5回に急に制球を乱すことがしばしばあった。
稀にいいピッチングをすることもあるが、どこかで制球を乱す。
そのため一試合を完投したことが一度もない。
ガリガリだが、スタミナには自信がある。
バテて制球を乱す訳ではない。
突如、乱れるのだ…。
なんとなくその時の雰囲気が似ているような気がした…。
嫌な予感がする…。
その予感を打ち消すように、「コウタは本番に強い、コウタはツイてる…」
呪文のように、根拠のない言葉を心の中で繰り返していた。
だが、残念だが、その予感は的中する…。
ストライクが全く入らず先頭打者をフォアボールで歩かす…。

サトシも心配で、たまらずコウタに声をかける。
(もう交代だ…)
ベンチに目をやるが一向に動く気配がない…。
その後も制球が定まらず連続で四死球を出し、最悪のノーアウト満塁…。
たまらず監督がタイムを取りマウンドへ。
(今度こそピッチャー交代だ…)
が、監督は内野陣に守備陣形の確認をし、小走りでベンチへと戻った。
(まさかの“続投”!)
前日の練習試合でコウタ以外のピッチャー陣は派手に打ちこまれていただけに、使いづらいようだ。
まさかの、コウタと“心中”。
監督はそれを選択した。
ピッチャーは酷だ。
いい時はスター扱いされるが、悪い時はもはや“さらしモノ”…。
泣こうがわめこうが、アウトを3つ取るまでベンチには帰れない。
少し小高いマウンドの上でさらしモノになり続ける…。
頼れるのはグランドにいる仲間だけ。
仲間を信じ、ストライクを投げるほか、その場所を去る術はない…。
内野は前進バックホーム体制で、セカンドとショートがピッチャーの横付近まで前へ出る。
コウタがやるべきことはストライクを投げ、内野ゴロを打たすこと。
四死球を出すここは絶対に許されない。
内野手がやるべきことは、ゴロを捕ったらバックホーム。
最高のカタチは“ホームゲッツー”。
もちろん守備陣形は“それ”を狙っている。
この日のコウタはほとんどまともに打たれていない。
ツーアウトにこぎつければ“0点”で切り抜けられる公算が高い。
となれば、なんとしてもゴロを打たせたい。
実はコウタが打ち取る場合、内野ゴロの確率が高い。
しかも“ボテボテ”の。
こんな状況だが制球さえ戻ればは充分に可能性は“ある”!
1点を取られた時点で、たぶんこの試合の勝敗は決まる。
このピンチを“0点”で切り抜けなければ負ける。

大きく息を吐き、サトシのサインに頷き、ゆったりといつものようなフォームでボールを投げ込む。
「ボコっ」
カーブが低めに決まり、“ボテボテ”の打球が前進守備の内野手の前に転がる!
「よし!ホームゲッツーだ!!」
確実に捕球しホームへ送球!
「ああっ!!」
次の瞬間、ボールはバックネットを転々としていた…。
2者が生還…。
その後、浅い外野フライからのタッチアップで1点を奪われ、この回、あまりにも痛い3失点…。
そのままチームは、敗れた…。
長打の数、ヒットの数ともに相手を上回った…。
チームとしての練習量も圧倒的に三ヶ日中が上回っているはず…。
だが、相手ピッチャーがフォアボール“0”に対し、コウタの与えた四死球は“5”…。
そのうちの3つが5回にあった…。
エラーもピッチャーのリズムが悪かったために起こったモノ…。
コウタのせいで試合に負けたのだ。
試合後、みんなが無言で片付けをしている最中、コウタはみんなに背を向け、汗を拭くふりをしながら泣いていた…。
悔しかったのだと思う。
相当の重圧と緊張の中で苦しんでいたのだと思う。
自分のせいで負けた、と思っているのだと思う。
厳しいようだが、どんな試合でも、負けの原因のほとんどはピッチャーにある。
その重圧とプレッシャーに勝てないようであればピッチャーをやる資格などない。
試合後やっと、コウタは自身の熱を計った。
体温計はみるみる上昇し、“39.6”で止まった…。
「熱があったから自分のピッチングができなかった」
的なことを言ったら“ぶっさらって”やろうと思っていた。
そもそも大会前に風邪をひくこと自体、全くなっていない。
自覚がない。
チームに多大な迷惑がかかるということがわかっていない。
こんな選手は試合に出る資格がない。
風邪をひいたことは最悪で、全くもって容認できる話ではない。
試合を壊したのは終盤。
それまではゲームを作ることができた。
「熱があったから終盤バテて…」
とか言える展開ではあった。
だが、そんなことは一切言わなかった。
ただただ、自分の責任を痛く感じていた。
人はプライドが高く、弱い。
だから“レスキュー”を求める。
失敗したこと、できなかったことに理由をつける。
「足が痛い」
「肩が痛い」
「肘が痛い」
「お腹が痛い」
「頭が痛い」
全ては自分ができなかったことに対する言い訳にすぎない。
どうしてもプレーできないのであれば、事前にしっかりと監督に伝えるべきだ。
それらの言い訳によってプレーに支障がでるのであれば、それは“怪我”であり“病気”だ。
チームに迷惑をかける前に、自ら申告することこそ、選手の義務であるはずだ。
それを隠し、試合に出るのであればそれを言い訳にしてはいけない。
自分のプレーに責任を持つべきだ。
この日のコウタは、それを隠して試合に出ることを選択した。
体調を崩したのは大罪だが、「自分が投げるんだ!」という気迫めいたモノは充分に伝わってきた。
体調不良を言い訳にすることもなかった。
コウタのせいで負けたが、その敗戦には体調不良は一切関係なかった。
敗戦は残念で、ツライ。
子供たちには、努力が結果へと繋がる、ということを体感してほしかった。
一方で、初の公式戦を終え、“チームとしてのまとまり”が欠けているような感じもした。
勝つために、チームが“ひとつ”になれていない、と感じた。
もっと“気持ちが伝わるチーム”へ。
この試合が転機になると信じたい。