三年生が卒業し、4人の二年生は三年生に、2人の一年生は二年生へとなった。
4月になっても強さは持続しており、
『三遠大会』では、西遠女子中に敗れたものの準優勝、
愛知県の強豪が集う『豊橋スプリングカップ』では、決勝進出は逃したものの、
順位決定戦で、新人戦の愛知県チャンピオンの豊橋中部中学校を下し3位。
さらに続く『二俣大会』では、圧倒的な力を見せつけ優勝を果たした。
ゴールデンウィークには、東海地区はもちろん、関東地区、北信越地区の強豪、
それも八王子実践中や裾花中など、全国大会優勝チームなどが集う『富士宮市長杯稲山カップ』に出場。
ここでは、強豪ひしめきあう予選リーグの通過し決勝トーナメントへ。
過去最高成績となる“ベスト8”へ進出した。
だが、この大会頃からチームには“異変”が起き始めていた。
システムが大きく乱れることが目立つようになり、何でもないボールがコートに落ちた。
攻撃面でも工夫が減り、エースの強打一本で戦うケースが増えた。
そして何より、試合中に選手同士が話し合うことが減った。
減ったというよりも、いがみ合っているようにすら感じた。
稲山カップでは敗退後、強豪チームの試合を観戦してから帰るのだが、
この時も、みんなバラバラの場所で観ていた。
“揃”とテーマに取り組んできたチームだったが、
なにひとつ揃っていなかった。
「あの東海大会でのプレーは何だったのか…」
あの東海大会では、全ての観ている人を魅了するプレーをした。
観ている人に大きな感動を与えた。
それを観ていた小学生が中学生になり、女子バレー部へと入部してくれた。
それも“8人”も。
キッカケは全てが“あの”東海大会だった。
プレーする彼女たちに憧れて、女子バレー部の門を叩いてくれたのだ。
平成27年5月10日。
中体連夏季大会のシード校を決める『バレーボール選手権』の西部予選が行われた。
目標はもちろん決勝進出。
県大会で西遠女子中と逆のブロックに入るためにはこれが必須。
選手権の県大会で上位進出することが、集大成である『中体連夏季大会』で“いいブロック”に入るための条件だった。
予選リーグは全勝し、無事決勝トーナメント進出。
だが、内容は“最悪”だった。
予選リーグ二試合目の麁玉中との対戦では、試合前の緊張感もなく試合に挑み、いきなり一セットを奪われた。
その後、逆転し勝利したものの、冷や汗モノの勝利だった。
その他の二試合は、スコア的には圧勝しているが、
もはや“強者のオーラ”はほとんど消えうせていた。
そしてベスト4進出を懸けた掛川北中学校との対戦。
ここでも全く締りのない試合を展開。
若干残る“強者のオーラ”で、一セット目は25対23と、大接戦の末取ったものの、
続く二セット目は、反対に23対25で落とす。
今までなら、間違いなくこんなことはなかった。
接戦で一セット目を取ったのであれば、二セット目はテンポを変え、楽々ストレート勝ちを収めていたはず。
それが凡ミスを繰り返し、単調なプレーに終始し、二セット目を落とした。
三セット目に入ると、チームは“バラバラ”になった。
観ているコッチにもわかるほど、子供たちは反目しあった。
この光景を目の当たりにした時、応援を“やめた”…。
普段から仲が良いかどうかなどどうでもいい。
ただ、コートに入ったらみんなで団結し、お互いの欠点をカバーし、
そして、お互いの長所を理解し、勝利してきたはず。
そのプレーは感動を生み、奇跡を起こした。
彼女たちには大きな“価値”がある。
心の底からそう思った。
それを忘れ、お互いを無視し、個だけで戦っていた。
ただただ漠然と、なんとなく、自分勝手にプレーをしていた。
そのプレーに“価値”を感じることができなかった。
「負けちまえ」
本当にそう思った。
部活において、春は“鍛錬の春”と言われる。
春に自分を徹底的に追い込み、鍛え、夏に備える。
春にこそ、厳しいトレーニングが必要になる。
それを彼女たちは“怠った”。
新しく赴任された先生が様子を見ている間、
ずっと適当に練習をしていた。
その結果、全員ブクブクと太り出した。
明らかな練習不足。
指導者が変われば練習方法も変わる。
ただ、いかなる練習であれ、意識を高く持ち取り組めばクタクタになるはずだ。
それを、「練習が違うから」という言い訳を持ち出し、“サボった”。
もちろん、ちゃんとはやっていただろう。
普通のチーム、県大会出場を目標としているチームであれば、それでよかっただろう。
ただ、彼女たちが目指すは『東海大会』。
登ろうとしている山が違うのだ。
であれば、“同じ一歩”でも意味が大きく違うはず。
彼女たちから“価値”を見出すことができなかった。
そして最終セット。
デュースの末、負けた。
この敗北が変わるキッカケになれば、と思ったが、
屈辱の敗北から数日経っても、一向に変わる気配がない。
このままでは、この状態のまま、“終わる”。
それは誰の目に見ても明らかだった。
先生を頼りにしていたが、肝心の彼女たちは心を閉ざしたままだった。
そこで、苦肉の策だが、“話し合い”の場を設けた。
学校でみんなで集まり、話し合いをしてもらうのが一番だったが、
子供同士が反目しあう状況ではそれは無理。
親として何かできることはないかを考えたのだが、
いくら考えても“それ”しか思いつかなかった。
話し合いでは、三年生の父親、ふたりが立ち会った。
子供たちだけでは、話し合いにならないと思ったからだ。
そして、後から「言った言わない」が出ないようにすることも理由のひとつだった。
言った言わない問題が出そうな程、チーム状態は最悪だったのだ。
話し合いは長時間に及んだが、その話の全てが“前向き”な話だった。
「ゲーム中にもっと声を掛け合おう」
「去年のこの時期はこんなことしてたよね」
「練習でやってほしいことを先生に言おう」
そして最後には、
「もう一度、東海大会に行こう」
向いている方向は、いまだ6人とも同じだった。
それをお互いが確認し合える場所がなかっただけだった。
とても有意義な話し合いになった。
その後、チームは息を吹き返した。
全ての取り組みが変わり、再び“強さ”が戻ってきた。
そして迎えたシード決めの『バレーボール選手権県大会』。
西部5位での出場となったため、初戦から強豪チームとぶつかる。
案の定、初戦で、最もレベルの高い東部地区を3位で勝ち上がった長泉中学校と対戦することになった。
力が戻ったかどうかを推しはかるには格好の相手。
善戦できれば、最後となる夏季大会に、多少なりとも期待が持てることになる。
しかしながら、そんな心配をよそに、この試合で三ヶ日中は“圧倒的”なパフォーマンスを魅せた。
凡ミスが一気に減り、ゲーム中にお互いに声を掛け合い、スピード感溢れる攻撃で、相手を圧倒した。
そこにいる誰しもが、
「強さが戻った!」
と歓喜した。
だが、ここで…。
チームの顔である、セッターが膝を抱えてしゃがみこんだ…。
試合には圧勝した。
だが、セッターが膝を怪我してしまった。
中体連夏季大会を間近に控え、なんとも大きな痛手となった。
すぐさま、2回戦となる中部地区3位の金谷中学校との対戦を控えていた。
すぐさま選手のもとへ駆け寄ると、
「棄権する?」
と声を掛けた。
最もレベルの高い東部地区の、それも3位のチームに圧勝することができた。
それは“強さ”が戻った証でもあった。
それが分かっただけでも、この大会は意味のあるものになっている。
次に対戦する金谷中は、練習試合や公式戦で何度か対戦しており、
好結果を出している相手。
無理して試合をする必要など、どこにもなかった。
にも関わらず、彼女たちは、
「絶対棄権はしたくない!」
口々に、そう言った。
それは、怪我をしたセッターに対する配慮でもあった。
ここで棄権したら、
「私のせいで試合ができなかった」
とセッターが一生後悔してしまうかもしれない。
「そんな思いはさせない」
みんながそう思ったからこその「棄権はしない」だったのかもしれない。
金谷中との対戦にも勝利し、
準々決勝で、西部1位の西遠女子中と対戦。
ベストの状態で、さらにはもっと上で戦いたかったが、
ひとつの敗戦により狂った歯車は、そう簡単に戻ることはない。
ここで西遠と当たることは、西部大会で無様な負けを喫したことに対する罰だ。
西遠女子中に敗れ、選手権県大会はベスト8に終わった。
セッターの怪我は治るのか…。
この時すでに、三年生にとって“最後”となる『中体連夏季大会』の浜松地区予選までは
1ヵ月を切っていた。