4月26日。
この日は「レワード杯」の1回戦が行われた。
新人戦からこのレワード杯までの成績で、中体連のシード校が決まるため、未だ県大会出場がなく、ポイントが足りない三ヶ日中としては、なんとしても上位に食い込みたい大会となる。
トーナメント表を見る限り、ヤマ場となるのは“第1シード”の天竜中と対戦することになる2回戦。
2回戦こそが、この大会で上位進出するための鍵、中体連でシード権を獲得するためのポイントとなる、と思われていた。
1回戦の相手は、練習試合で11対0と大勝した中学。
あっさりと勝って、2回戦に備える予定だった。

「エースを温存したい」というチームの思惑もあり、先発したのはコウタ。
最近の試合で制球が比較的安定してきたため、この大事な試合で先発を任された。
誰が投げようが、誰が試合に出ようが、「あっさり勝つ」。
冬場の厳しい練習を乗り越え、大きくチーム力が上がった三ヶ日中にとって、それはさほど難しくないことだと思っていた。
しかし、試合が始まるとその思いは一気に吹っ飛ぶ。
全ての打者が迷いもなくしっかりとバットを振ってくる。
1回から鋭い打球で外野へと飛ばされる。
2回には先頭打者に大飛球の2塁打を打たれると、それを足がかりに1点を先制された。

きっちりとミートされ、常にランナーを背負い、苦しいピッチングが続くコウタ。
スイングは決してキレイとは言えない。
それでもしっかりと、迷いなく振ってくる。

誰の目から見ても、相手チームの打者はコウタにタイミングが合っていた。
結局、コウタは3回を投げ切った所で降板。
4回からは“エース”のユウキがマウンドへあがった。
残念ながら“温存”できず…。
しかし、相手打線は、ユウキにも襲いかかる。
ユウキは体調が万全ではない。
それでも市内屈指のピッチャーであるユウキからも鋭い打球を連発。
さらに1点を奪われた。
三ヶ日の打球がフラフラっと外野へと上がる。
ほぼ正面の簡単なフライだが、相手チームの選手はその打球を足元をふらつかせながら辛うじてキャッチする。
その度に、相手ベンチ、応援席、選手たちから拍手、声援、さらには笑顔が飛びかう。
「それぐらいもっと簡単に捕れるでしょ…」
始めのうちはそんなことを思いながら観ていた。
だが、思い起こせば、以前、彼らは“そんな打球”もキャッチできなかった。
危なっかしいが、ミスなく捕球するその姿は大きな成長を遂げた証であった。
厳しい冬を越えたのは三ヶ日中だけではなかったということ。
俗に言う“進学校”である彼らに対し、ベンチから厳しい声や指示が掛けられることはない。
だが、各々が今やるべきことをしっかりと口にし、“笑顔”で指示を出しあい、次のプレーの確認をきっちりとしていた。
さらにその声は止むことがなかった。
好感度は明らかに相手が上。
楽しそうにプレーする姿が実に印象的だった。
試合は4対2で三ヶ日中が勝利。
だが、ヒットの数は相手チームの7本に対し、三ヶ日中は“わずか”3本…。
彼らのプレーを“楽しむ”姿に、とことん苦しめられた…。
笑顔と充実感が溢れる相手チーム。
三ヶ日中には笑顔も充実感もなかった。
なぜ一生懸命に練習するのだろう。
それはだぶん勝ちたいからだ。
では、なぜ勝ちたいのだろう。
それはたぶん、勝てば楽しいからだ。
スポーツは勝つことが全て。
どんなチームも勝利を目指して練習し、プレーする。
その勝利の先に喜びや楽しさがある。
親は、勝利を目指し懸命に取り組む子供の姿を観て、人としての成長を実感する。
しかしこの日、人としての成長を感じたのは相手チームの子供たちだった。
「勝つから笑顔になるのか。それとも笑顔だから勝つのか。」
試合に勝ったのは三ヶ日中。
だが、試合後の子供たちの表情を観る限り、勝負に勝ったのは相手チームだったように思う。
彼らはこの試合で“何か”を感じることができただろうか。
プレー“させられている”のではなく、プレー“している”相手チームの選手を見て、どう感じただろうか。
サインプレーが多い野球だが、あくまでプレーするのは選手自身。
楽しく、自分らしくプレーしてもらいたい、と願う。
野球はもっと楽しくプレーできるスポーツであるはずだから。