「オレ、少し球速くなった!」
最近コウタがよく口にするのだが、なかなかそれを実感することがない。
週末にキャッチボールをしようと帰宅を待つのだが、帰ってくる頃には日がドップリと沈んでおり、
なかなかキャッチボールをする機会に恵まれない。
もちろん試合に出るわけでもないので、観る機会もない。
成長を感じられるのは、コウタが発する言葉からしかないのが現状だった。
5月25日。
愛知県のチームを招いての練習試合が三ヶ日中学校で行われた。
安定感を増してきた投手陣に目じりをさげ、なかなか繋がらない打線の組み替えを興味深く観させてもらった。
2試合行われた練習試合はともに勝利。
そして3試合目。
特別ルール(ノーアウト満塁)を7回繰り返す形での練習試合が行われた。
中学野球の場合、好投手同士の対戦となるとサドンデスの特別ルールになることが多い。
好投手がいる三ヶ日中学はこの特別ルールで敗れることが多かったため、特別にこの形でゲームが行われることになったようだ。
1イニングごとに先攻後攻が入れ替わり、1イニングの間に1点でも多くとったチームが勝ちとなる。
2イニングが終了するたびに数分間のミーティングタイムがとられた。
練習試合というよりも“実戦形式の練習”といった方がふさわしいかもしれない。
さまざまな得点パターンを試し、チームに適した作戦を模索しながら最後の回となる7回に入った。
先攻の三ヶ日中は試した作戦がハマらず無得点。
1点でも奪われればこのイニングは“負け”となる。
そんな場面でマウンドに向かったのはコウタだった。

“実戦形式の練習”とはいえ、対外チームに対しマウンドに上がるのは2ヶ月ぶり。
誰も気にとめない“実戦形式の練習”でのマウンド。
それでもコウタにとっては数少ないアピールの場。
わずかながらでも成長している姿をみんなに見せたい。
再度状況を確認すると、ノーアウト満塁。
1点取られればその時点でゲームセット。
練習試合もその時点で終わる。
「プレイボール!」
審判の合図でゲームが始まった。
キャッチャーのサインにうなずくとストレートを投げ込み、「ストライク!」
そして2球目。
再びストレートを投げると、ここでスクイズ!
ボールは3塁方向へと転がる。
マウンドを駆け降りるコウタ。
グローブの先にボールを引っ掛け、そのままキャッチャーへトス。
が、「セーフ!」
練習試合は終わった。
久しぶりにマウンドにあがったコウタが投じた球数は“たった”の2球。
たった2球だったが、その2球共にストライク。
さらには“グラブトス”までして見せた。
ともに1年前では考えられないプレー。
球も“少し”速くなっていた。
他の子よりも歩みは遅いかもしれない。
しかしながら、ゆ~くりではあるが、確かに成長していた。
チームとしては残す大会があと“ひとつ”となった。
新チームになってから、できるだけ多くの試合に顔を出したつもりだが、中学野球のレギュレーションが複雑すぎ、大会の状況がイマイチ把握しきれずにいる。
それでもこれだけはわかる。
最後の大会は“中体連”。
一度負ければその時点で中学野球は終了。3年生はそのまま卒部となる。
目指すは“山の頂”。
落ち度のない準備で、謙虚な姿勢で、相手に敬意を払ったうえで、自信を持って戦い抜いて欲しい。
自慢の先輩たちの戦う姿を、コウタとともに、できるだけ多くこの目に焼き付けたいと思う。