11月23日。
この日は秋季大会準々決勝。
勝ったチームが県大会出場となる大一番。
対戦相手は市内屈指の左腕擁する“強豪”積志中。
会場が三ヶ日中だったため、3年生や3年生の父兄が多く応援に駆けつけてくれた。
試合は積志中の攻撃で「プレイボール!」

先発は、今大会大車輪の活躍をみせ、市内に名を轟かせはじめたユウキ。
彼は同大会で県ベスト4まで昨年のチームにおける“唯一”のレギュラー。
昨年自身が活躍した大会なだけに、この大会に懸ける気持ちは人一倍強い。
試合は戦前の予想通り、緊迫した投手戦となった。
両投手とも、威力のあるストレートを武器に、相手打者を全く寄せ付けない。
スコアボードには“0”が並ぶ。
中盤に入ると、積志のエースが制球を乱したことで三ヶ日がチャンスを迎えるが、なかなか得点に結びつけることができない。
試合はガップリ四つ。
若干だが、三ヶ日が押し気味で終盤へと向かう。
イニングが進むにつれ緊張感が会場を包み込む。
得点のチャンスは三ヶ日の方がわずかに多いのだが、“あと1本”がどうしても出ず、得点が奪えない…。

普段感情を表に出さないサトシだが、この日ばかりは凡打に思わず感情が噴き出す。
試合は0対0のまま規定の7回が終了。
延長戦へと入った。
8回裏、三ヶ日が大きなチャンスを迎える。
相手エースが制球を乱し、ノーアウト満塁。
三塁ランナーがホームに帰れば三ヶ日中の勝利。
県大会出場の切符を手にすることになる。
バッターボックスに向かうのは“キャプテン”のタカアキ。
彼はキャプテンに就任以降、もがいていた。
伝統校のキャプテンと言う重圧。
なかなかまとまらないチームに対する歯がゆさ。
結果が出ない自分に対する焦り。
全てを背負い込んでいた。
その心情は観ているコッチにまで伝わってきた。
キャプテンであるタカアキとはよく話をする。
先週も試合後に話をした。
その時話した内容はイチローの話。
名手イチローとて、稀にエラーをする。
しかし彼にはエラー後のルーティーンワークがあるという。
エラーをした後、必ず数秒間、センターポールを“ジッ”と見つめるのだという。
一点を凝視することで集中力が増し、切り替えが上手くいくのだという。
テニスプレーヤーはポイントが動くたびにガットを直す。
プロだろうが、学生だろうが、みんなガットを直す。
意味がないことのように思えるが、ある有名なテニスプレーヤーによると、明確な意味がそこにはあるらしい。
ガットを直す(凝視)ことで意識が一点に集中し、集中力が増すというのだ。
20年以上前に活字で目にしたモノだが、どうやら野球にも通じるようだ。
そんな話をタカアキにしたのだ。
タカアキがバッターボックスに入ると“ある姿勢”で動きを止めた。
(おいおいマジかよ…)
動きを止めたタカアキを観ていて涙が溢れそうになった。
タカアキの持つ“朗らかさ”。
タカアキの持つ“素直さ”。
彼のその性格は人に感動を与える。
彼のその資質は人を惹きつける。
こんな子と一緒に野球ができるコウタは幸せモノだと思う。
タカアキがキャプテンで良かった。
心の底からそう思った。

タカアキはバットを立て、その先端を“ジッ”と凝視していた。
(お前が決めろ!)
心の中でそう叫んでいた。
が、結果はバッティングスクイズ失敗でゲッツー…。
ツーアウト、ランナー2、3塁。
まだまだチャンス。
次のバッターは、もはや市内屈指の選手と言っても過言ではないユウキ。

ネクストバッターサークルで、ユウキはそっと目を閉じていた。
極限まで集中力を高めるため、そして高ぶる気持ちを抑えるために、そっと目を閉じていた。
相手エースもここにきて再びギアアップ。
見応えのある対戦となったが、最後はユウキが自信を持って見逃した球が「ストライク」と判定され、無念の三振…。
大きな、大きなチャンスを潰した…。
試合は9回へ突入。
先頭打者を内野ゴロに仕留めたが、ここで守備陣がまさかのトンネル…。
その後の打者のバント処理を再び内野陣がエラー…。
ツーアウトランナーなしのはずが、ノーアウトランナー2、3塁の大ピンチとなった…。
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試合は0対2で惜しくも敗戦…。
試合後、2年生は崩れ落ちるかのように泣いた…。
みんな部室に閉じこもり、声を上げて泣いていた…。
「悔しさをバネに…」とはよく聞くフレーズだが、
彼らが流したこの涙は、きっと今後の飛躍のための契機となるだろう。
そのためには、この悔しさを決して忘れてはいけない。
「切り替えて」はいけないのだ。
2年生が部室に閉じこもっている中、コウタはひとりグランドへと出てきた。
トンボを持ち、次の試合のチームの練習が終わるのを待っていた。
1年生の輪からも離れ、ひとり、グランドを眺めていた。
一体コウタは何を考えていたのだろう。
チームは大きく飛躍した。
チームメイトは驚くほどに成長した。
そして同じポジションとなるユウキはスターへの階段を登りはじめた。
コウタは一体、何を思い、何を考えていたのだろう。
三ヶ日中の秋季大会が終わった。