野球で左ききは有利だと言う。
しかし、本当にそうだろうか。
左ききには、守れないポジションがある。
与えられたポジションは、
投手、ファースト、外野のたった5つ。
さあ、考えよう。
その過酷な競争を勝ち抜くために。
自分の生まれ持った、その個性を愛するために。
君の生きる道は、どこだ。
これはある企業広告の一節。
これによれば、左利きのコウタが出場可能なポジションはファーストと外野の3つ、そしてピッチャーということになる。
現在ファーストを守るのはチームの“4番バッター”。
ここは難しい。
センターを守るのは副キャプテンで“クリーンナップ”を打つ強打者。
レフトとライトは“スーパー”1年生。
どうやら、外野で出場するのも難しそうだ…。
となると、鈍足、貧打のコウタが試合に出られそうなポジションは“ピッチャー”しかない、ということになる。
ピッチャーとして試されている今、なんとしても結果が欲しい。
だが野球は時に“残酷”…。
チームから求められるような結果がなかなか出ない状況が続く…。
天候にもたたられ、思うようにゲームをこなせない…。
新人戦が刻一刻と迫る…。
果たして、コウタはポジションを掴むことができるのか…。
9月21日。
雨が多かった週末だが、この日はやっと快晴。
練習試合が行われた。
対戦相手は“天竜王者”光が丘中。
夏場に合同練習を行ってもらい、その“差”を見せつけられた強豪チーム。
先発のマウンドにあがったのはコウタだった。

いつものように立ちあがりに失点したものの、この日は“珍しく”その後立ち直り、強豪相手に5回を投げて2失点。
まずまずのピッチングを見せた。
9月28日。
この日は浜松北部中との練習試合。
上々の立ち上がりを見せ、まずまずのピッチングだったが、5回に崩れ、この回2失点。
コウタの規定イニングとなる“5回”のピッチングが新たな課題となったが、それまでのピッチングは、今までにないほど安定していた。
この日の夜、急遽ではあったが、2年生全員での食事会を開いた。
大会前に各々の目標を確認し、チームを鼓舞するのが最大の目的だ。

どんな状況でもただただ“元気”。たぶん、チームワークは相当いい方だと思う。
会の最後に一人ずつ目標を言ってもらった。
そんな中、“ドキッ”とする言葉があった。
副キャプテンであり、チームの“顔”でもあるユウキの言葉だ。
その言葉とは
「コウタが試合をつくってくれるので、その後に投げる時はしっかりと抑えたい」
“ドキッ”としたのは「コウタが試合をつくってくれる」というフレーズ。
今までの練習試合において、コウタが試合を“壊した”ことはあっても、果たして“つくった”ことはあっただろうか。
それでもユウキは「コウタが試合をつくってくれる」と言った。
たぶんそこには深い意味などない。
無理やり何かを言わされることになり、口に出た何気ない言葉。
そんな言葉に“ドキッ”とさせられた。
チームはまだコウタを必要としていない。
だが、チームメイトには必要とされている。
そんな風に勝手に解釈し、この日の会は終了した。
9月29日。
この日は中郡中との練習試合。
この試合に先発したコウタは、今まで見せたことがないピッチングを魅せる。
なんと4回まで一人もランナーを出さないパーフェクトピッチング!
5回にデッドボールで走者を出したもののヒットを許さず、6回が終わってノーヒットノーラン継続中!
エラーが続出していたチームは、ここまで“初の”無失策。
最終回ワンアウトからヒットを許しマウンドを降りたが、ピッチャー以外守る所のないコウタが初めて見せた“ナイスピッチ”だった!
翌週から始まる新人戦に向けて、そして個人的な目標である“背番号1”を大きく手繰り寄せる、大きな大きな“結果”だった。
これから先は、どうチームに貢献するか。
チームメイトを心底信頼して、しっかり打たれるピッチングができるか。
そのピッチングの先に、個人的な最終目標である“信頼されるピッチャー”があるはずだ。
次に求めるのはチームとしての“結果”。
2試合勝って、西部大会へと進むことが目標となる。