3月20日。
この日は三ヶ日中学にて「全日本軟式野球大会」の予選が行われることになっていたので、試合を観戦に行くことにした。
試合は危なげなく勝利し、準決勝へ進出。
その後、すぐさま練習が行われた。
実は、気になっていたのは“コッチ”。
少し前までは、時間を見つけては練習の様子を覗きに行っていたが、最近は試合が多く、なかなか練習を観ることができていなかったため、練習を観たかったのだ。
見学の目的は“一生懸命”取り組めているか否かの確認。
技術的な成長ではない。
練習に取り組む姿勢を確認したかった。
練習が始まってすぐに「ほっ」とした。
以前と変わらず、大きな声を出し、下手なりにも一生懸命、集中して練習していた。
馴れからくる“ダレ”が生じているかと思ったが、全くそんなことはなかった。
依然、“一生懸命”取り組むことができていた。
3月23日。
この日は「全日本軟式野球大会」の予選の準決勝・決勝。
三ヶ日中学は1位で予選を抜け、県大会を懸けた「ブロック大会」にて、春の全国大会出場チームである“強豪”都田中と対戦することが決まった。
この日、驚きの出来事が起こった。
コウタが“公式戦”に登板したのだ。
マウンドに上がったのは準決勝。
点差が開いた試合の最終回にマウンドに上がった。
もちろん、ピッチャーにイニング制限があるため、この後の決勝戦を見据えた投手起用。
それでも“レギュラー戦”の公式戦に登板した。
練習試合や1年生大会での登板はあるものの、レギュラー戦での登板は初めて。
中学1年生でいられるのもあと一週間となった今、最後に大きなプレゼントをもらったような気がした。
コウタがマウンドに上がると、上級生が一層大きな声援を送ってくれた。
キャッチャーのサインにうなずくと、相変わらずの“ヒョロヒョロ”球を投げ込んだ。
わざと投げる“ヒョロヒョロ”球ではない。
全力で投げての“ヒョロヒョロ”球だ。
観ているコッチが恥ずかしくなってきたが、一緒に観ていた上級生のお父さんたちが目を凝らし、いい所を探しては声をかけてくれた。
その気持ちが嬉しかった。
先頭打者をファーストのファールフライに打ちとりほっとしたのか、次の打者にはフォアボールを与え、さらに次の打者にはライトオーバーの2塁打を打たれ、ワンアウト、ランナー2、3塁のピンチを招いた。
次の打者はサードゴロに打ち取ったが、その間に3塁ランナーが帰り1点を奪われた。それでも最後の打者を三振に仕留めゲームセット。
この1点がこの日三ヶ日中が奪われた“唯一”の失点となった。
試合後は、三ヶ日中野球部を愛する先輩方に“ご指導”を頂戴した。
ほとんどが「あんな球じゃダメだ!」という言葉が多かった。
もちろんおっしゃる通りだが、今に始まったことではない。
元々野球が上手ではないし、球が速いわけでもない。
親も本人も十分わかっている。
野球が上手になりたいし、球が速くなりたい、と思って一生懸命練習している。
手を抜いている訳ではない。
そんな過程は一切関係なく、“ダメ出し”をされるのは(覚悟はしていたものの)多少堪える。
そんな中、親身になって教えてくれる方もいた。
投球練習の際に気をつけるポイントを教えてくれた。
ある方は食事の摂り方を教えてくれた。
これは心の底から嬉しかった。
こんな方々と知り合えたのは“全て”コウタのお陰。
コウタが野球を続けてくれたから、こんな方々と出会えたのだ。
思えば夢のような一年だった。
「中学では野球はできない」と考え、入部の悩んだのが4月の終わり。
10人しかいない1年生の中で、最後に入部届を書いたのがコウタだった。
その後、希望ポジションを「ピッチャー」と答えたことで、ピッチャーの練習に参加させてもらえ、時折、練習試合でも投げさせてもらえるようになった。
「公式戦」で何回か“背番号”をもらうこともでき、間近で先輩たちのプレーを見ることもできた。
試合後は、そんな先輩たちの自慢を楽しげにするコウタの話を聞くことが、いつしか日課となってた。
「1年生大会」では、まさかの“背番号1”を付け、準決勝、決勝と、イニング制限めいっぱいまで投げさせてもらえた。
優勝にはあと一歩届かなかったが、準優勝することができた。
そして最後の最後、「公式戦」でマウンドに上がることができた。
世間からは“ダメだし”され、時に“失笑”されるコウタの“ヒョロヒョロ球”だが、監督とコーチからは“魅力的”と言われた。
当然、速い方がいいに決まっているが、その遅い球をコウタの“特徴”として捉えてくれていた。
そんな目を掛けてくれていた監督さんがこの春、他校へ異動となった。
4月には新しい先生の元で野球をすることになる。
果たしてその先生はコウタをどう見るだろうか…。
夢のような一年は終わった。
新しい一年が始まる。
その一年は果たしてどんな一年になるのか…。
挫折を味わうのか…、それとも大きく飛躍するのか…。
コウタができることは限られている。
これからも一生懸命練習すること。
そして…
たくさん食べることだ。