風は全く治まる様子がなく、それどころか強くなっているような感じさえする。
試合会場となっている三ヶ日西小学校は丘の上にあるせいか、巻き上げるような風が多い。
グランドのすぐ下の空き地から粉塵が舞い上がり、それが全てグランドへと吹き込んでいた。
日向にいればまだいいが、日陰に行くと体の芯から冷えた。
そんな天候の中、試合が始まった。
先攻はフレンズ。

先頭バッターはもちろん“ユウ”だ。
先頭バッターの役割はどんな形であれ“出塁”すること。
これはプロであろうと、少年野球であろうと変わらない。
ユウはホントよく出塁してくれた。
ユウの出塁を足がかりにたくさん点を奪うことができた。

いきなりヒットで出塁!
最後の大会まで、自分の役割をきっちりと果たしてくれた。
2番はコウスケ。
4年生ながらに一年間、ショートのレギュラーとして頼りない6年生を支えてくれた。
6年生が悔し涙を流した時、いつも一緒に泣いてくれた。

コウスケもヒット!
いきなりチャンスを迎えた!
3番はキョウタロウ。
チーム結成当初は5年生の4番バッターとして、攻撃の核を担ってくれた。
特に春先は、不甲斐ない6年生をフォローするかのように打ちまくり、チームの勝利に貢献してくれた。

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快音を残した打球は、外野の頭を越える特大のツーベースヒット!
フレンズが幸先良く2点を先制!
その後も1点を追加し、初回に3点を先制!

それにしても風が強い…。
1回の裏。
コウタが少年野球“最後”のマウンドにあがる。

ここ数試合は安定したピッチングができていた。最後のマウンド。集大成のピッチングが期待される。
投球練習中から、どうも風が巻き上げる砂が気になるようだ。
時折、体を硬直させ、寒さに耐えているような仕草をしていた。
傍から観ていても明らかに“集中”できていない。
不安がよぎる…。
残念ながら、その“不安”は的中する…。
先頭バッターにいきなりボールをぶつけデッドボール…。
全く制球が定まらない…。
ホームに投げずらいのか、牽制を入れるが、これが悪送球…。
バントとスクイズであっと言う間に1点を返された。
手がかじかんでいるのか、何度も手に息を吹きかける。
が、制球は全く定まる様子がない。
ツーアウトランナーなしにも関わらず、今度はフォアボール。
さらにピンチが続く。
次のバッターには甘い球を痛打されるが、この日サードに入ったコウスケが好捕し、なんとか1失点で切り抜けたものの、コウタのピッチングは実に“酷い”…。これでは「ピッチャー交代」も致し方ない…。
1回が終わって3対1でフレンズがリード。
しかし、コウタの出来を考えれば、まだまだ得点が欲しい。
2回の表のフレンズの攻撃も相手ピッチャーを攻め立てホームに迫るが、タッチアウト。
その後もスコアリングポジションにランナーを進めるも、得点ならず…。
コウタは、2回に入っても依然立ち直る様子がない…。
強風が砂を運んでくる度に試合は中断し、その度にコウタは体を硬直させていた。時には、その細い体が強風にあおられふらついたりもしていた。

センターからバックネット方向へと吹く強風に体があおられ、軸足に体重が乗らなくなっていた。振り上げた足を止めるようにし、軸足に体重を乗せようとするが、乗り切る前に体がホーム方向に押し出されてしまっていた。
足が早く着いてしまうため、肘が上がりきる前に投げなくてはならず、結果リリースポイントが後ろになってしまっていた。
これでは制球が定まるはずもない…。

懸命に“調整”しようとするがどうしても体が流れてしまう。
先頭打者にフォアボールを与えると、送りバントを挟み3者連続フォアボール…。
ワンアウト満塁、一打逆転の大ピンチ…。
こうなるともうダメだ…。
押し出しの連続で試合が潰れる…。
この展開はまさにコールド負けした三ヶ日大会での金谷ファイターズ戦をトレースしたかのような展開…。
怖くなった…。
ピッチャーを目標に頑張ってきた少年野球。何度も何度もピッチャーを“クビ”になりながらも、諦めずにピッチャーに挑み続け、やっとつかんだマウンド。“卒業試験”となるこの大会での失敗は全てを“無”にしてしまうような気がしたからだ。たかが町内大会なのだが、凄く大きな意味を持つような気がした。
今の夢は、コウタが中学で野球をやること。
本人は野球を続けるか、新たに興味を持ったスポーツをやるかで悩んでいる。
ここでの“失敗”は野球からの撤退を決定付ける要因になりかねない。
だから怖かったのだ。
フレンズの場合、一日に2試合ある大会では常にサトシが1試合目に投げていた。
フレンズのようなチームは“一戦必勝”が当たり前。エースが投げて負けるのは諦めがつく。
しかし、温存して負けることほど悔しい負け方はない。
この最後の大会で“初めて”サトシを温存。
コウタは“初めて”サトシの前に投げている。
サトシを温存するということは、コウタには、サトシに“繋ぐ”という大きな役割があるということ。
そんなこともプレッシャーになっていたのかもしれない…。
そんな時、
「ターイム!!」
一塁審判が大きく手を広げコールした。
「えっ!?タイム!?」
ベンチに目をやるが監督は腕組みをしたままマウンドを見つめている。
慌ててマウンドに目をやるとひとりの選手が駆け寄ってきた。
「ええっ!?」
タイムをかけたのは、ファーストを守っていたサトシだった!
コウタはいつもサトシの“異変”に真っ先に気付いた。
サトシが苦しがっているとすぐさまタイムをかけ、サトシの元へと駆け寄った。レフトからタイムをかけたことすらある。
サトシの傍にはいつもコウタがいた。
コウタがマウンドにいる時、コウタは“孤独”だった。
マウンドで苦しんでいる時はいつも自分で懸命にもがいていた。
マウンドで振り向きチームメイトに声をかけ、悪い所を自らが探し、それを必死に修正しようと試みていた。
それでもコウタが腐れずにマウンドにいられたのは、「ピッチャーをやりたい」という思いだけ。その思いが苦しい自分を奮い立たせていた。
そう思っていた。
しかしこの時、サトシがタイムをとった。
あの“シャイ”なサトシがタイムをとったのだ。
コウタは孤独ではなかった。
コウタが投げる時、いつでもサトシ見守ってくれていた。
コウタの傍にはサトシがいたのだ。
牽制でランナーを刺しツーアウト。
次の打者を三振に仕留め、絶体絶命と思われたこの回を無失点で切り抜けた。
たぶん、調子はあがらない。
どこまで我慢して投げられるか。
勝敗の鍵はコウタの“粘り”に委ねられることになった。