ベンチも我々がいる応援席も日陰。
薪を焚いてくれたが寒い。
体の底から冷える。
試合で暖まった体も冷たい強風にさらされ、すぐに冷える。

体を冷やさないよう、イニングの合間もキャッチボールを続ける。
とになく追加点が欲しい。
3回の表のフレンズの攻撃は、3番のキョウタロウからの好打順。
キョウタロウはサードゴロにた倒れたが、

サトシが強烈なセンター前ヒットで出塁!
続くエイスケの出塁すると、まさかのダブルスチール!
ワンアウト2、3塁の大チャンス。
バッターボックスにはコウヘイが入る。
コウヘイは秋口からバッティング技術が向上したことで、持ち前のパンチ力に磨きがかかり、サトシに次ぐキーマンになっていた。
期待はデカい!

が、完全に力み、あえなく三振…。
続くバッターはコウタ。
自分のバットで自分を楽にしたいが期待は薄い。
家でも一生懸命バットを振っていたが、全く結果に結びつかず、野球をやる上でのある種のコンプレックスになっていた。
バッティングは残酷で、数字となって隠しようのない結果が出る。走塁ミスやサイン見落としなどのミスは数字では見えないが、バッティングだけは数字化されているため、一見で“打ててない”ことがわかってしまう。
走塁ミスやサイン見落とし、判断間違いなどはほとんどないコウタだが、バッティングだけは全く駄目。
練習をサボっている訳ではなのだが、どうしても結果が出ないのだ。
コウタが使っているバットは“ユウ”のバットだ。
ユウがバットを新調したため、ほとんど新品のバットを借り受けた。
ボールが当たる部分の素材が違う、一般的に“ビヨンド”と呼ばれるバットだ。
ユウのお父さんから、
「これならきっと打てるから、使いな」
と言われ借りてからずっと使っている。
途中で違うバットが欲しくなり、一緒にスポーツ店に見に行ったが、買う寸前で、「やっぱりユウのバットがいい」と言って購入を取りやめたことがある。
コウタはユウのお父さんが「コウタに打って欲しい」と思って貸してくれたことを充分理解していた。
バットを代えることは、ユウのお父さんの気持ちを踏みにじることになる。
だから、どうしてもユウのバットで結果を出したかった。
試合が近づいた際の練習時には、コウタにだけコーチが付きっきりになり、マンツーマンでバッティングを教えてくれた。
みんなが10球しか打てない所を、コウタだけ50球も60球も打たしてくれた。
家を出る前、コウタは
「オレ、今日、絶対打つから!」
これが最後の大会。
みんなの思いに応えたかった。
大きな声を出し、バッターボックスに入る、が、

積極的に打ちにいくも、あえなくファーストゴロ…。
チャンスでありながら得点を奪えなかった。
思いだけでなんとかなるほど野球は甘くない。
チャンスのあとにピンチあり。
よく言ったもので、この後ピンチをむかえることになる。
この回も先頭バッターにフォアボールを与えると、バントで送られ、内野ゴロの間に3塁へ進まれる。
初回とほぼ同じ展開。初回はこの後にスクイズを決められ得点を奪われた。
となるとこの回も…。
スクイズ!
予期していたのか、コウタは鮮やかに外す!
体は動いてないが、まだ頭は動いている。
挟まれるランナー。
この回もなんとか凌げるか、と思った矢先…。
悪送球!
ランナーホームイン…。
最悪のカタチで得点を許した…。
その後もピンチは続く…。
フォアボールやパスボールなどでワンアウト2、3塁…。
ピッチャー交代、のタイミングが迫る…。
(こりゃ、代えたほうがいいな…)
ブルペンに目をやるが、誰も投球練習をしていない。
ベンチに目をやるが、監督は動く気配すらない。
(まさか…心中…!?)
コウタはというと、ベンチに目をやることもなく、すぐさまボールを要求する。
この光景は、異様に違和感があった。
普通であれば、ベンチは次のピッチャーの準備をし、マウンドのピッチャーは、いつ代えられるか、が気になってベンチを覗く。
少年野球だけでなく、高校野球も、プロ野球だってそうだ。
しかし、監督は腕を組んだまま動く気配はなく、マウンドのピッチャーは代えられる心配を全くしていない。
そういえば試合前、監督はコウタにこう告げていた。
「準決勝はコウタに任す!」
通常の解釈なら、“先発”を任す、となる。
しかし、この二人の姿を観る限り、この時の任すは、“試合”を任す、だ。
いつからこんな“信頼感”が生まれたのだろう。
あんなに“すぐ”に交代させられていたコウタだが、いつしか完投させてもらえるようになっていた。
後続をなんとか抑え、この回は1失点で切り抜けた。
3回が終わって3対2。リードはわずか1点となった。
4回の表フレンズの攻撃は三者凡退…。
流れはパワーズへとさらに大きく傾く…。