決勝戦。
フレンズは一塁側に移動。
風はまだまだ強いが、さっきまでいた三塁側ベンチに比べれば格段に暖かく感じる。
この試合が本当の“最後”。
相手は“絶対王者”三ヶ日ジュニアファイターズ。
フレンズ同様、例年より“力が劣る”年代と言う人もいるが、黒潮杯では支部15チームの頂点に立ち、県大会に出場した、“常勝”チームだ。5年生にいたっては、県大会出場どころか、県大会“準優勝”をすでに果たしている。
今年は、Z会旗杯支部予選と町内大会で2度対戦し、サトシの活躍でフレンズが連勝。
このレベルのチームにフレンズが勝つには、“絶好調”のサトシがいなければ勝つことはできない。
試合開始。
先攻は三ヶ日ジュニアファイターズ。

フレンズ“最後”の試合。最後のマウンドにあがるのはサトシ。
フレンズの出来はサトシの出来。典型的な“ワンマン”チーム。
それでもチームが“バラバラ”にならず、みんなが同じ方向を向いて戦えたのはサトシのおかげだ。
チーム内にひとりだけ“ずば抜けた”子がいると、通常その子が“お山の大将”になり、チームの和を乱す。
サトシの場合、そういう傾向が全くない。特にいつでもコウタをたててくれた。コウタがキャプテンとしてみんなを引っ張れたのは、サトシのおかげだ。サトシの優しさは親譲り。サトシのような“逸材”を子供に持つと、大抵の親は自分の子だけしか見なくなる。チームの勝敗よりも、我が子の出来。しかしサトシの両親は、いつでも“みんな”を観てくれた。サトシと同じように、“みんな”に接してくれた。
この親にしてこの子あり。
まさにそんな親子だ。この親子が一緒にいたから、本当にいい思いをさせてもらった。感謝してもしきれない。
サトシの課題は“立ち上がり”。
初回はどうしても制球が定まらず、失点を許すことが多い。
リズムに乗った中盤以降は素晴らしいピッチングをするため、立ち上がり、特に初回は丁寧に行きたい。
が、いきなりフォアボール。
さらに送りバントが、切れそうで切れない絶妙な所に転がり内野安打。

こればかりは“名手”コウスケでもどうしようもない…。
さらにダブルスチールを決められノーアウト2、3塁。

いきなりの“大”ピンチ…。
ファイターズはほとんど“ミス”のないチーム。
試合は1点勝負。
内野はバックホーム体制。
突如、3塁へ牽制!
「アウト!」
サトシは投げるだけではない。
守備も上手いし、牽制も上手い!
ワンアウト2塁となったが、内野ゴロでツーアウト。

最後はピッチャーゴロ。
いきなりのピンチを無失点で切り抜けた。
先頭バッターにはフォアボールを与えたものの、その後は落ち着いたピッチング。
ピンチは招いたが、調子は良さそうだ。
1回の裏のフレンズの攻撃は、2番のコウスケがヒットで出塁したものの、他のバッターは力みに力んで凡退。
1回を終わって両チーム無得点。
2回に入るとサトシが早くもギアアップ!

相手バッターを全く寄せ付けず三者凡退!
2回の裏のフレンズの攻撃も、ファイターズのエースに手玉に取られ、こちらも三者凡退。
早くも“投手戦”の様相だ。
こうなると“ミス”が出たほうが負ける。
ミスが出る確率はフレンズの方が圧倒的に高い。
どうしても先に点を取りたい。
この日もフレンズの4年生は大きな声で応援してくれた。
その声は夏前頃に始まり、一回も欠けることなく、常に6年生、そして試合に出ている子を応援してくれた。
それは誰にやらされたものでもない。
4年生が、自分たちで考え、自分たちで相談し、自分たちで始めた応援だ。
昨年までのフレンズといえば“ヤジ”が応援の主流だった。
特に相手ピッチャーをトコトン“ヤジる”。
これも勝つための“手段”ということらしいが、ずっと気持ち良くなかった。
野球の素晴らしさは“豊かな人間を育む”ことにあると思う。
チームメイトと一緒に同じ目標に向かって進む姿勢は美しい。
そのために苦しい練習に耐え、自らをトコトン磨く。
その結果として“仲間とともに”目標を達成する。
それは「勝てばなんでもいい」という類のモノではない。
もっと尊いモノのはずだ。
コーチや監督の“罵声”によってチームがまとまる、という話も聞いたことがあり、チームが団結するための手段として、“罵声”や“ヤジ”が存在するのも理解はしている。
これは“好み”の問題なのだが、好きではない。
フレンズはいつしか、全く“ヤジ”らないチームになっていた。
グランドはピッチャーとともにバッターに向かう声で満たされ、ベンチからはその選手たちを鼓舞する応援歌が常に流れていた。
この子たちの応援があったからこそ、今年のフレンズは“らしく”いられた。
この子たちの応援がなければ、結果はなかった。
この子たちがいてくれたからこそのフレンズだったのだ。
ベンチを覗くと、“ちょっとした”異変に気がついた。
コウタの座る場所が“おかしい”。
コウタは通常、監督もしくはコーチの隣に座る。
新チームになったから、ずっと“ソコ”が指定席だった。
しかし、この最後の試合。
コウタは今までと全く違うところに座っていた。

いつも応援してくれる4年生の隣に座っていた。
4年生の考えてきた応援歌を教えてもらい、一緒に大声で歌った。
4年生のそばで、一緒にバッターに声援を送っていた。
コウタはわかっていた。
この子たちの声援がなければ勝てなかったということを。
この子たちの応援がチームを一丸にしてくれたということを。
だから、“最後”は一緒に応援したかったのだ。
4年生のみんな、本当に、本当にありがとう!
君たちが応援してくれたフレンズが心の底から好きだ!
試合は3回が終わり、依然0対0。
これは、静岡県の最も西の三ヶ日町というちっぽけな町で行われている、ちっぽけな町内大会。
にもかかわらず、ピリピリとした緊張感が、グランドだけではなく、会場となっている三ヶ日西小学校全体を包み込んでいた。
4回、遂に試合が動き出す。