3回の表、岡崎の攻撃。
得点は1対4で岡崎がリード。
追加点を奪われれば、その時点で終戦…。
そんな中、いきなり先頭バッターにヒットを許すと、ワイルドピッチでノーアウトランナー2塁のピンチ…。
そもそも、この日のコウタはいつにも増して安定感に欠ける。
見ていて実に不安定…。普通であればピッチャー交代。キョウタロウ、コウスケ、ユウと、コウタよりも良い球を投げる子がいる。
どう見ても代えた方がいい。
致命的となる追加点を奪われる前に…。
それでもベンチは動く様子はない。

調子が良かろうが、悪かろうが、コウタができることは多くない。コウヘイの構えるミット目掛けてボールを投げる。ただそれだけ。
送りバントでワンアウト3塁。
何度も言うが、得点は1対4。追加点を奪われれば、その時点で敗色濃厚。
当然、相手も追加点が欲しい。
スクイズ!
これを外しツーアウトランナーなし。
このまま簡単に終わり、少しでも“流れ”を持ってきたい。
が、そう簡単にはいかせてくれない…。
エラーがふたつ重なり、ツーアウトながら2、3塁。
次のバッターの打球は快音を残し右中間へと飛ぶが、センターのユウがこれを好捕しスリーアウトチェンジ。
3回の裏のフレンズの攻撃は2番コウスケからの好打順。
なんとかこの回、1点でも返しておきたい。

ワンアウト後、打席には頼れる“3番”エイスケ。

快音を残し、センター前クリーンヒット!
ランナーが出た!
その後、キョウタロウの内野ゴロの間にセカンドへ進み、バッターボックスには“ホームラン王”サトシ。
なんとか無失点に抑えた後の攻撃。勝つためにはどうしても得点が欲しい。
サトシの前にチャンスをつくった!
ベンチも精一杯の声を出す!

しかしあえなくピッチャーフライ…。自分のスイングをすることもなく、当てただけのバッティング…。
3回が終わって1対4で相変わらず岡崎がリード。

4回の表もコウタがマウンドへ。
前日、コウタは緊張のあまり眠れずにいた。
9時過ぎには床についたのだが、12時過ぎまで眠れずにいた。
「目をつぶるだけでも体は休まるから目をつぶってな」
それでも、1時半、3時、4時半と1時間半ごとに「今何時?」と時間を聞きにきた。
たぶん、緊張とプレッシャーは極限を超えていただろう。
先頭バッターをライトフライに打ち取ったものの、次の打者にフォアボールを出すとすかさず走られワンアウト2塁。
その後の打者はサードフライ。なんとかツーアウトまでこぎつけた。
ここは絶対に追加点を与えてはいけない場面。
3点差ならまだなんとかなる。
それが4点差ともなると逆転はほぼ“無理”…。
ここでの追加点は“ゲームセット”に等しい失点となる。
しかし、無常にも得点を奪われる…。
ツーアウト2塁からセンター前ヒットを打たれ追加点を奪われた…。
事実上の“終戦”ともいえる失点…。
あまりにも痛い失点…。
その後。気落ちしたのか、キャッチャーのコウヘイがエラーし、ランナーが得点圏となる2塁へと進む。

それでもコウタにできることはただひとつ。コウヘイが構えるミット目掛けてボールを投げるだけ。打てない、走れない、投げれないコウタがただひとつできること。それは“勇気を持って”打たれること。“バックを信じて”打たれることだけ。コウタは何度も何度も振り返り、手を突き上げてアウトカウントを叫んだ。それは「打たれるから、みんな頼むぞ」という意味。チームを信じている証だ。それに呼応するように、みんながボールを“全力”で呼ぶ。普段、そんなに声が出る方ではないキョウタロウもコウスケも、ヒロキも、キョウスケも懸命に声を出し、マウンドのコウタを励ます。
なんか泣けてきた。
岡崎の選手はみんな上手い。間違いなくコウタよりは全員が上手い。
フレンズにしてもそう。どう見てもコウタが一番ヘタ。実際、レギュラーの中でヒットが一番少ないのがコウタ。足も遅いので盗塁はない。
そんな子が背番号10を背負い、県大会を懸けた試合で投げている。事故があったから選ばれたようなキャプテン。誰がやってもよかったであろうキャプテン。そんなチーム一ヘタなヤツにキャプテンを任せたフレンズと言うチーム。チーム一ヘタなヤツにマウンドを託すチーム。一体どんなチームなんだと思う。そんなヘタくそがマウンドで、もがいている。「絶対勝つ!」と言うオーラを振りまき、もがいている。
かつてないほどのプレッシャーを一身に受け止め、背番号10がマウンドで“もがく”。
そのもがく10番の背中をチームメートの声が後押しする。その光景を見ていたらなんとなくわかった。
コウタがキャプテンである意味が。
その後、後続を抑え1失点で凌いだが、試合を決定づける、とも言える追加点を奪われた。
4回裏のフレンズの攻撃は6番のコウヘイから。
絶対に得点が欲しい。

出塁が必須の場面だが、コウヘイはあえなく三振…。
続くバッターはコウタ。

粘りに粘るが結果はファーストゴロ。
悔しさをにじませベンチへ戻る。
絶対に与えてはいけない失点を許した後の攻撃。
その意味はコウタ自身が一番分かっている。
意気消沈するベンチ…。
声がなくなる…。
「オマエら何やってんだ!声出せ~!」
聞き覚えのある声が静かなベンチに響き渡る。
もちろん、その声の主はコウタ。
必死に搾り出したその声は明らかにかすれている…。
涙交じりの声だ。
それを必死にこらえて声を出している。
コウタはわかっていた。
“敗色濃厚”であることを。
それでも試合中に泣く訳にはいかない。
試合中に泣かないことを条件に選ばれたキャプテン。
みんなが泣いても、キャプテンは絶対に試合中に泣いてはいけない。
そう言われてきた。
チームカラーはキャプテンがつくりだす。
コウタの涙は敗北を宣言するようなもの。
キャプテンであるコウタがつくりだすチームカラーは、絶対に“諦めない”チームだ!
再びベンチに声が戻った!
声がないチームには奇跡は訪れない!
今までも数々の“奇跡”を起こしてきた。
が、この回も無得点…。
4回が終わって1対5で岡崎がリード。
さらにこの時、フレンズはもうひとつの“敵”と戦わなければならなくなった。
それは“時間”。
試合開始から1時間50分が経過した時点で次のイニングには進まない。
残されたイニングはあと1回か、あって2回。
点差は4点。
全てを懸けた5回。
この回もコウタがマウンドに向かう。