6月26日。
この日は「Z会旗杯」の浜名湖支部予選2回戦。
今年度のZ会旗杯は浜名湖支部から2チームが県大会へ進出できる。
浜名湖支部は全15チーム。3回勝てば決勝進出となり、県大会出場が決まる。
フレンズの置かれている状況は“あと2勝”で県大会。
フレンズの対戦相手は、名門中の名門「三ヶ日ジュニアファイターズ」。
他地区のちょっとした知り合いとの話の中で子供の話になると「何かスポーツやってるの?」という話になることが多々ある。
「少年野球やってます」と返すと、「どこで?」と返ってくる。※この手の話になると気付くのだが、意外と「子供が少年野球をやっている」という方が多い。「三ヶ日のチームですが…」と言うと、十中八九「ファイターズ?」と聞かれる。ファイターズの名声は巷にもとどろいているわけだ。「いえいえ、隣の小学校のフレンズっていうチームなんですが…」と答えると、大抵の場合「?」となり、この話は終わる。
それだけファイターズは強豪チーム、というひとつのエピソード。
全くの“超”格上チーム。
そもそも、公式戦で「ファイターズに勝った」なんて話、聞いたこともない。
20代のOB、30代、40代のOBに聞いてもだ。
もはやここまでくると“コンプレックス”…。
“あの”白とブルーのユニフォームを見るだけで、敗北感どころか劣等感すら漂う…。
フレンズよりも一足早くファイターズが会場に到着するとすぐさまアップを開始。
一糸乱れぬランニング、テンポ良く行われるキャッチボール…。
圧倒的な“威圧感”。
そのチームとしての威圧感は、現支部チャンピオンの細江すら凌駕する。
少し遅れてフレンズが到着。
入念にアップをするファイターズを尻目に、グランドの隅っこにある鉄棒付近にたむろし、楽しそうにおしゃべりをしている…。
コウタが呼ばれ本部前で“トス”が行われた。
「フレンズ後攻!」
以前コウタに“トス”について聞いたことがある。
内容は「トスで勝ったら、先攻、後攻、どっち選んでるの?」というもの。
コウタの答えは実に拍子抜けで「え!?なんとなくその日の雰囲気…」
トスに勝ったコウタは“その日の雰囲気”で後攻を選んだ。

10時30分すぎ。いよいよ“今年のクライマックス”とも言える試合がはじまった。

先発はもちろん“エース”のサトシ。サトシが投げる試合は、サトシが良かろうが悪かろうが関係ない。サトシが最後まで投げる。“サトシと心中”。それが今年のフレンズの明確なスタイル。
とはいえ、チームとして立ち上がりに難があり、初回に点を取られることが多い今年のチーム。
相手は強打者がずらっと並ぶファイターズ。
立ち上がりに“バカバカ”に点を奪われ、そのまま試合が終わる可能性も充分ある。

そんな心配をよそに、サトシは“最高”の立ち上がりを披露。1、2番を連続三振、3番をキャッチャーフライに抑え、三者凡退!
1回の裏のフレンズの攻撃。

“リードオフマン”の1番ユウがツーベースを放ち、いきなりのチャンス!

ワンアウト後、3番エイスケの打球はライナーでセンター左へ!
「よし、抜けた!」
と思ったその打球は、センターの好捕にあいアウト!
さらにユウが戻りきれず最悪の“ゲッツー”でチェンジ。
ファイターズへと流れが傾く。
2回の表のファイターズの攻撃は4番から。
勢いづくファイターズベンチ。
しかし、この回もサトシの好投が続き、4番をファーストフライ、5番を三振、そして6番をサードゴロに仕留め、この回も三者凡退。
2回の裏、フレンズの攻撃。
こっちも4番からの好打順だったが、あっという間にツーアウト。3人で終われば、完全にファイターズの流れだ。

ここでコウヘイがヒットで出塁。
その後コウタが四球で繋ぎ、ツーアウトながらランナー1、2塁とチャンスをつくる。
しかし、鍛え上げられたファイターズの守備がよく、得点を奪えない。
3回表、ファイターズの攻撃は、先頭打者が出塁する。
完全に“ライトゴロ”の打球だったが、ライトの5年生タツヤが送球を焦り、ボールをハンブル…。
開始直後から気になっていたが、5年生、4年生の動きがいつも以上に“硬い”…。
ファイターズといえば“機動力野球”。
足を使った攻撃はファイターズのお家芸ともいえる攻撃のひとつ。
サトシは執拗に牽制し、走られないようにクイックで投げる。
サトシは実に器用な選手で、牽制、クイックともに非常に上手い。

少しでもスタートが悪ければ、キャッチャーが板についてきた“強肩”コウヘイが刺す。
突然、「タイム」がかかった。
ファイターズの監督が何やら審判に抗議している。
どうやら、サトシが投球の際、“静止”していない、と抗議しているようだ。
この抗議を受け、審判がサトシにしっかり静止するよう促す。
サトシはとても優しい。
その優しさが時に繊細な感情として表れることがある。
四球が続いただけで、マウンド上で泣き出した「JA杯」がその例。
審判に注意を受けたことで、投げずらそうな感じ。
嫌な感じがした。
その直後、ホームランを打たれる。
初めて許したヒットがホームラン。
ファイターズが2点を先制した。
こうなれば試合の流れはファイターズ。
通常であれば…。
3回の裏のフレンズの攻撃。
ワンアウト後、ユウが四球で出塁。すかさず盗塁を試みるが失敗…。
足が速く、スタートがいいユウが完全に刺された。キャッチャーの送球が素晴しかった。
こういういいプレーが出ると、流れはさらに傾く。もちろんファイターズへと…。
さらにフレンズとして痛いのは、成功率が最も高いユウが刺されたこと。
これで足を使った攻撃はしにくくなった…。
ツーアウトランナーなし。
2番の“4年生”コウスケも四球を選び出塁。

すると、すかさず盗塁!成功!
フレンズベンチも強気だ!
バッターボックスには3番のエイスケ。
前の打席でいい当たりのセンターライナーを放っている。

“カキーン!”高々と舞い上がった打球はレフトの遥か頭上を超えるホームラン!
この一発で流れが戻った。
その後も相手ピッチャーを攻め立て、ツーアウトながら、ランナーを2、3塁へ進め、バッターボックスにはコウヘイ。
なんだか最近の試合は、チャンスが6年生に回ってくる。
しかしこの場面は凡退。
3回が終わって2対2の同点。
4回表、ファイターズの攻撃。
一度壊れたサトシの歯車が戻らない…。
三塁打を足がかりに3失点…。
どうしても得点が欲しいその裏の攻撃。
下位打線がノーアウト1、2塁のチャンスをつくる。
上位に繋ぐため、どうしてもランナーを送りたい場面。
当然バントだが、ファイターズのバントシフトの網にかかり、三塁フォースアウト…。
ここでもファイターズに好プレーが生まれ、どうしても得点が欲しいこの回、無得点…。
4回終わって2対5でファイターズがリード。
流れは完全にファイターズ…。
5回表、ファイターズの攻撃。
内野安打で出塁を許すと、クイックで投げるサトシに再び注意が…。
「次やったらボーク取るからな!」
最後勧告まで出された…。
明らかにマウンドでイライラしている。
「ちゃんと止まってますよ」と言わんばかりに、地面を蹴り上げている。
もはや怒っているとしか見えない。
ベンチや応援席はサトシを落ち着かせようと必死に声を掛けるが、もはや耳に入らない。
そんな中「これでいい」と思っていた。
繰り返しになるが、サトシは優しく、時に繊細。
その繊細さがピッチングの邪魔をしているような気がしていた。
繊細がゆえに時折顔を出す“弱気”の虫。
そんなサトシが明らかにマウンドで“怒って”いる。
ピッチャーとは“自己中心的”な生き物、なんて言葉を聞いたことがある。
周りのことを気にしていたらピッチャーなんて勤まらない。
言葉が適切かどうかわからないが、エースであるサトシにはバッターを“見下して”投げて欲しかった。
そうすることで、ピッチャーとしてさらなる頂へと登っていけるような気がしていた。
「これだけ止まれば文句ないだろ!」
という声が聞こえてきそうなサトシのピッチング。
サトシのピッチングが変わった!
しかし無常にも“ダメ押し”ともいえる得点がファイターズに入る。
バントでランナーを進め、内野ゴロの間に1点を追加。
試合の流れは簡単には変わらない…。
得点は2対6となった。
5回の裏、4点を追うフレンズの攻撃。
実はこの時、もうひとつの“敵”と戦わなければならなくなった。
少年野球は“7イニング制”。
7回を戦った時点で試合は終了。得点を多く奪ったチームが勝者となる訳だが、もうひとつ試合の終わり方がある。“時間切れ”だ。大会によって異なるが、今大会の制限時間は“1時間50分”。この時間を経過した時点で次のイニングには進まない。
間違いなく6回で時間切れ。
この試合は6回の攻防で終わる。
フレンズは残り2イニングで4点を奪わなければならない。
5回のフレンズの攻撃は3番のエイスケからの好打順。
エイスケが粘り四球を選ぶと、それを足がかりに反撃。ノーアウト満塁のチャンスをつくると押し出しで1点を返す。
ここでバッターボックスにはコウタ!
これも繰り返しになるが、チャンスで6年生に打順が回る。
ほとんど打てないコウタだが、打ちそうな予感が漂う。

強振!ジャストミートした打球はグングン伸びてライトを越えるが、惜しくもファール…。
ツーストライクに追い込まれ、最後は“強振”しての空振り三振。
実はコウタは三振がほとんどない。理由は簡単。追い込まれると“チョコン”と当てにいくからだ。
しかしこの時は、見ている方も“スカッ”とするような三振。
結果が出る日も近い気がする。
試合の方は、その後パスボールで2点を返し1点差に詰め寄り、なおもツーアウトながらランナー2、3塁。
次の回が“最終回”と考えると、なんとしても追いつきたい。

しかしここで3塁ランナーのコウヘイがキャッチャーからの牽制で“まさか”のアウト!帰塁の際、ボールから目を切ったのが最大の原因…。
とにかくファイターズの守備は“スキ”がない。
またもや好プレーでチェンジとなった。
5回が終わって5対6でファイターズがリード。
こういうプレーが出ると、流れはより一層ファイターズへと傾く。
“最終回”となる6回のファイターズの攻撃。
一皮向けた感のあるサトシの剛球がうなりを上げてバッターに襲い掛かるが、不運なカタチで失点する。
三遊間を抜けたヒットが、レフトのエイスケの前で“イレギュラー”!
ボールがグランドの端まで転がる“レフト前”ホームランでファイターズが1点をを奪う。
いくらイレギュラーしようが、レフト前ヒットをホームランにしてはマズイ…。
明らかにミスでの失点…。
これぞ“ダメ押し”…。
5対7でファイターズが2点をリードし、“最終回”のフレンズの攻撃へ。

先頭バッターは“4年生”のコウスケ。是が非でも出塁したいこの場面。
ユニフォームを“かすった”デッドボールで出塁する。

次のバッターは、先ほど“まずい”守備をしたエイスケ…。
点差は2点。
最低でも“もうひとり”ランナーが出ないと追いつかない…。
四球でも死球でもなんでもいい!
出塁が必須!

“カキーン!!”快音を残し、打球はレフトの頭上遥か上へ!3回に放ったホームランをトレースしたかのようなタイムリー3塁打!!
エイスケは塁上で会心の“ガッツポーズ”!
思えばエイスケは何度も“挫折”を味わっている。
フライが捕れないうえ、打てない。おまけにサインがわからない…。
野球に対して興味が全く沸かず、何度も野球を辞めようとした。
チームの6年生に「6年生の終わりまでは一緒にがんばろう」と励まされ、なんとかかんとか野球を続けていた。
どんなに嫌でも休まずに練習はきていたが、つい最近までは何をやっても上手くいかなかった。
転機となったのは“キャッチャー”を経験したこと。
レギュラーキャッチャーだったキョウスケが故障でキャッチャーができなくなってから、ユウがキャッチャーをやることが多かったが、ある日の練習試合で、手をバットで叩かれキャッチャーができなくなった。その時に“急場”しのぎでキャッチャーを“やらされた”のがエイスケ。このキャッチャーを通じて、野球に対する興味が“一気”に沸いた。いろいろなことを経験することが、成長を促すのかもしれない。
とにかくそれからだ。打てるようになったのは。
塁上でガッツボーズをするエイスケを見て、昔のことを思い出し、目頭が熱くなった。
5人しかいない6年生。
その全てが“何か”が足りない子ばかり…。
それゆえに“谷間世代”と言われ続けてきた。
そんな子達が“あの”ファイターズを追い込んでいる。
谷間世代と呼ばれた子供達が…。
ノーアウトランナー3塁!
同点のチャンス!
こうなればもう“押せ押せ”!

バッターボックスは4番“怪物スラッガー”キョウタロウ!
センター前ヒット!
同点!!
歓喜するベンチと応援席!!
その後、ワンアウトランナー2、3塁と攻めたてる!
一転サヨナラのチャンス!!
この場面でバッターボックスにはコウタ!
とにかく6年生にチャンスが回る!!
(コウタが決めろ!)
心の中で何度も叫んだ!
ファイターズは前進守備でバックホームに備える。
カウント2ボール1ストライクからの4球目。

スクイズ!!
ボールが転がった!
「やった!サヨナラ!!」
ピッチャーがマウンドを駆け下りるがボールの勢いは死んでいる。
ピッチャーはボールを捕るとファーストに投げた。
「!?」
まさかのサイン見逃し!
3塁ランナーがベンチのサインを見逃したのだ…。
一瞬の歓喜のあと静まり返る応援席…。
最終回は“同点”どまり…。
特別ルールの延長戦へ突入。

特別ルールはノーアウト満塁の状態からゲームスタート。
1イニングを行い、点を多く取ったチームが勝者となる。
これになると精神的に後攻の方が有利。
コウタが“雰囲気”で選んだ後攻が意味を持つ。
失点を少しで抑え、自分達の攻撃に繋げたい。
その場面で、サトシが“快投”いやいや“怪投”を魅せる!

先頭バッターをサードゴロでホームフォースアウトに抑えると、続くバッターを三振、ファーストゴロに抑え、なんと“無失点”!!
最後の最後で、フレンズに流れがやってきた!!

最後はユウがスクイズを決めサヨナラ勝ち!!

喜びで沸き返る応援席を尻目に、全く感情をあらわにすることなく整列へと向かう子供達。もっと喜びが爆発すると思っていただけに少し拍子抜け。子供達は最初から“腹が据わっていた”のかもしれない。
こうして“今年のクライマックス”ともいえる試合は幕を閉じた。