第39話/大敗のその先に

4月24日、日曜日。

この日は三ヶ日大会二日目。
2回戦と3回戦が行われ、いよいよベスト4が出揃う。

この日から一日に2試合行われるため、エースをどの試合で投げさせるかが試合を左右する。
※今年からピッチャーの連投が禁止。1試合目に一球でも投げたピッチャーは2試合目に投げることができない。

フレンズの2回戦は白須賀と対戦。

第39話/大敗のその先に
午前9時、プレイボール。

先行は白須賀。

第39話/大敗のその先に
マウンドには“エース”サトシ。

ポイントとなるのは立ち上がり。

緊張からか(緊張というよりも集中できていない)、チームとして立ち上がりがいつも悪い。
試合に入る前に先制点を奪われるケースが実に多い。

果たして今日は。


サトシはテンポ良く投込み、早々に追い込むがバッターの打った球が三遊間を抜ける。

が、ここでいきなりミスが!

ミスったのは“なんと”コウタ!

なんのことはないレフト前ヒットをまさかのトンネル。
打球に勢いがなかったため大事には至らなかったが、ノーアウトでランナー2塁。

このピンチはサトシが後続を押さえ得点を許さなかったが、チームとして不安な立ち上がり。


1番のユウがフォアボールをしっかり選ぶとすかさず盗塁。

第39話/大敗のその先に
安定して1番の役割をこなすユウ。走塁でのミスもほとんどないチャンスメーカー。ユウの出塁率が得点を奪うためのポイントとなる。

ランナーが溜まったところでバッターボックスにはエイスケ。

第39話/大敗のその先に
ランナー2、3塁から見事にスクイズを決め先制。1塁への送球の間に2塁ランナーもホームを駆け抜け2点先制。練習通りのナイスプレー。

この後も1点を追加し、1回を終わって3-0でフレンズがリード。

2回、3回はお互い無得点。

第39話/大敗のその先に
2回以降ヒットを許さないピッチングを披露したサトシ。

フレンズは、ランナーを出すもののなかなか追加点を奪えない。

3-0で迎えた4回裏。

待望の追加点が入る。

第39話/大敗のその先に
サトシがセンターオーバーの特大ホームラン。サトシのホームランは初戦に続き2試合連続。長かったスランプから脱出の兆し。

結果は7-2でフレンズの勝利。初戦に続き危なげない勝利。
これでベスト8進出。準決勝進出へ弾みがつく勝利だった。

準決勝を賭けた試合の対戦相手は三ヶ日パワーズをコールドで下した金谷ファイターズ。

金谷はパワーズ戦でエースを温存。一方のフレンズは白須賀戦でエースが登板したため、金谷戦はサトシ抜き(守備はしますが…)で戦わなければならない。

休憩中にコウタに声をかけ、ひとつ約束をした。
「どんなに点差が開いても、チームみんなが諦めても、お前だけは絶対に諦めちゃいけないよ」

どのチームもそうなのかもしれないが、点差が開くとすぐに諦め、チームから声が消える。
今年のチームは特にその傾向が強い。だからキャプテンであるコウタだけは試合を捨てて欲しくない。捨てた試合からは何も得ることはない。悔しさすら残らない。悔しさが残らなければ、その後の向上心に繋がらない。

試合は絶対に捨ててはいけない。

明日へと繋ぐためにも。


言葉を聞いたコウタは大きく頷いた。


13時、準決勝進出を賭けた3回戦がプレイボール。

先行はフレンズ。

ランナーを出すものの無得点で攻撃終了。得点は奪えなかったが、相手ピッチャーの速球に臆することなく攻め立てた。チームとして声も出ていて雰囲気もいい。期待が持てる。

1回の裏、金谷の攻撃。

マウンドにはコウヘイ。

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サトシと双璧の速球を持つコウヘイだが、コントロールに難がある。5試合に1回くらいの割合で素晴しいピッチングを魅せるがこの日は果たして…。

先頭バッターを空振り三振。

ストレートは走っているし、コントロールもまずまず。集中もできている。

続く2番バッター。
このバッターは前の試合でホームランを含む4安打を放っており要注意。右方向に強い打球を打っていた。

テンポ良く追い込んだものの粘られカウント2-3。
フォアボールを嫌がり、置きに行った球を強振され、右中間を抜くホームラン。
が、コウヘイは引きずることなく後続を討ち取りチェンジ。

1回が終わって0-1。金谷がリード。

2回表。

フレンズは相手ピッチャーを攻めたて満塁のチャンスをつくる。

バッターは“打点王”エイスケ。

一打逆転のチャンスだったがこの場面はセカンドゴロで無得点。

それでも得点の匂いがする。

2回裏、金谷の攻撃。

ツーアウトながらランナーは1、3塁。
しかしバッターは下位打線。振りを見ても外野にボールが飛ぶことはまずない。コウヘイの球威なら造作もなく討ち取れるはず。ランナーはいるが“ツーアウト”だ。

しかしコウヘイは投げづらいのか、はたまた慎重になっているのか牽制を繰り返す。

(嫌な予感がする…)

出た!

ミス!!

3塁への牽制がトンでもない所に飛んでいき追加点を許す。

嫌な点の与え方…。

結局バッターは三振だったため実にもったいない失点だった。

このミスで試合の流れが“ググッ”と相手へと急激に傾いていくことになる。

コウヘイは典型的な“引きずる”タイプ。“乗れ”ば手がつけられないが、一回へこむとその日はほぼ立ち上がれない。

不安が“これでもか”というほど増大する。

2回が終わって0-2で金谷がリード。

3回表のフレンズの攻撃はアッサリ終了。

第39話/大敗のその先に
この試合は“4番”キョウタロウも沈黙…。

3回裏。想像もつかないような地獄が始まる。

まずまずの好投をしていたコウヘイだが、“突如”急激に乱れた。

ストライクが全く入らない。

前の回の悪送球についてベンチで相当言われたのだろう。

覇気がまるでない。完全にヘこんでる。

押し出しでランナーが続々とホームイン。

しかもノーアウト。

ベンチは慌ててタイムを取りマウンドへ向かうがもはや手遅れ。

ストライクが入る雰囲気がまるでない。

3点、4点、…相手にどんどん点数が入る。

たまらず
「ピッチャー交代」

ノーアウト満塁でピッチャーはコウタへと交代。

第39話/大敗のその先に
ノーアウト満塁のピンチにマウンドへ。どんな心境だったのだろうか…。

最初のバッターは追い込んだもののデッドボールで押し出し。

続くバッターにも追い込んだものの粘られ四球で押し出し。

依然ノーアウト。

続くバッターは前進守備の後ろに“ポトリ”と落ちるヒット。

どんどん点が入る。

もはやベンチはもちろん、グランドからも声が全く聞こえなくなった。

聞こえるのは春先の強い風の音と審判のコールのみ。

チームは完全に“諦めた”。

それでもコウタは淡々と投込む。エイスケの構えるキャッチャーミットを目掛けて。

第39話/大敗のその先に
思えば、この試合がコウタの公式戦“初”登板。厳しい厳しい初登板となった。

長い長い金谷の攻撃が終わった。この回大量9点。

3回が終わって0-11。

4回表、もはやランナーすら出ない。
あっという間に4回裏へ。

チームの集中力は底辺。

牽制でランナーを挟んでもアウトにできない。

エラーも重なりこの回は3失点。

「ピッチャー交代」

コウタの短い公式戦初登板が終わった…。


マウンドをキョウタロウに譲り、コウタはレフトへと戻った。

マウンド上ではキョウタロウが投球練習をしている。

静かなマウンド。

春先のちょっと強目の風の音と審判のコールしか聞こえないマウンド。

キョウタロウが投球練習をしている。

そこへ突然声が鳴り響いた。

「ワンアウトー!」

コウタだ!

コウタの大きな声がマウンドへ、グランドへと向けられた。

呼応するかのようにユウが、コウスケが、コウセイが大きな声を出し始めた。

マウンドを下ろされヘコんでるかと思われたコウタだが、レフトから大きな声でチームを鼓舞し始めた。

チームにテンポがみるみる戻る。

コウタは諦めてなかった。諦めてないというより、“捨ててない”というほうが適切かもしれない。

自分が今、この瞬間にできることを一生懸命やっていた。
それに呼応するチームメイト。

やっぱりフレンズは“ダメ”なチームではない。

強くはない。むしろ弱い部類のチームだが、決してダメなチームではない。

ダメなチームでなければ成長できる。

チームとしても、そして人としても。


結果は0-14のコールド負け。
コウヘイとコウタのふたりが試合を“ぶっ壊した”。

しかし、コウタは試合前の約束を守ってくれた。

どんな状況になっても試合を決して諦めない、という約束を守ってくれた。


思い起こせばコウタが事故でドクターヘリで運ばれたのが昨年の8月下旬。
医者からは「ピッチャーをやるのは難しい」と言われる怪我を負ったにもかかわらずマウンドに立った。

怪我が治ってからは、毎日走った。

試合に出るために、毎日バットを振った。

全てはマウンドに上がるため。

だから下を向く必要は全くない。

次はもっと長くマウンドにいられるように“いままで通り”努力するだけだ。

がんばれコウタ!
応援するよ!
今まで通り!

第39話/大敗のその先に
この敗戦をどう捉えるか。そもそも去年の強かったチームとは違う。お前達はお前達が目指す野球を目指せばいい。
コウタが入団式で言った目指すチームは「楽しく勝つチーム」。決してチャラチャラやるのが楽しい野球ではない。みんなが活き活きと、勝利へ向かって一丸となる野球、ひとりの喜び、悲しみをチームみんなで共有するのが“楽しい野球”だ。
この大敗で見えたモノ。それはこのチームの色であり、あり方なのかもしれない。



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