5月15日。
この日は岡崎と浜松ブラッツを招いての練習試合。
JA大会以来の試合となる。
JAではいい試合を見せたが、果たして本当にチームとして成長したのか。
1試合目は岡崎と対戦。湖西市最強チームの呼び声高い強豪チームだ。
先発は“エース”のサトシ。

チーム事情からしてもサトシが投げる試合は必ず勝たなければならない。
久しぶりの試合のせいか、この日もチームとしての立ち上がりが悪い。
エラーが重なりいきなりの2失点。
サトシ自体も球威はあるものの、珍しく制球が定まらない。苦しいピッチングが続く。
岡崎も背番号“1”のエースが先発。
強豪チームの背番号1だけあって球威、制球ともに申し分ない。
ほんの数週間前までは好投手と当たると「こりゃ打てないな…」ムード満載(実際打てなかった…)。
しかしこの日は「こりゃ打てないな…」という雰囲気は“なぜか”ない。
チームとしての“立ち上がり”が悪い癖が出ているにも関わらず、なぜか打てそうな“オーラ”がチーム全体から自然と出ている感じがする。
案の定、すぐに追いついた!

相変わらず高い出塁率を誇るユウ。ユウが塁に出ると得点の匂いが一気に高まる。

この日はアタリが止まったエイスケだが、自慢の快足を活かし得点に絡む。

コウタは痛烈なライトライナー。居残りのバッティング練習のお陰か、今までとは全く違う“いい”アタリだった。
結局5-3でフレンズの勝利。
ミスが続出したため、贔屓目で見ても好ゲームとは言えないが、強豪の岡崎に対し互角の戦いができた。
チーム力は確実に上がってる印象を受けた。
2試合目は浜松ブラッツと対戦。
始めての対戦となるが、強豪と頻繁に試合を行っているようで相当強いチームと思われる。
話は少しそれるが、浜松ブラッツの応援席に見覚えのある顔があった。
7、8年前、三ヶ日に帰ってくる前に浜松の高丘のアパートに住んでいたのだが、その時に知り合いになったマツモトさんがいた。我々は2階で、マツモトさんは1階。マツモトさんの次男坊とコウタが同級生なのですぐに仲良くなり、子供達はよく一緒に遊んでいた。マツモトさんが息子さんに「相手チームにコウタくんいるよ」と教えたら、「えっ!マジで!」的なことを言ってくれたようだ。昼食後にコウタにそのことを伝えたのだがイマイチの反応。結局マツモトくんが“誰か”を伝えることがないまま試合が始まってしまった。他のチームメイトもいたのでちょっと突っ張ったのかも知れないが…。
そんなこともあり失礼のない試合をしたい所だが、サトシは既に登板済み。
浜松ブラッツ戦はコウヘイの出番だ!

“剛球王”コウヘイ。スピードと球威はサトシと双璧かそれ以上。ただ制球が大問題。とにかく投げてみないと分からない。ストライクさえ入ればいい試合ができると思うのだが…。

キャッチャーには“初マスク”となるサトシが入った。登板直後で疲労が残るが、チームとして新しい試みにチャレンジ。だが、ますますサトシ負担が懸かってしまう…。とはいえ似合いすぎる…。それに伴い、コウタは久しぶりのファースト。

コウヘイの剛速球が唸りを上げてキャッチャーミットへ投げ込む。球の走りは上々。だがコントロールが…。
この日はダメな日だった…。
全くストライクが入ない。当然、守備のリズムも崩れる。

チーム一の名手“スーパー4年生”コウスケまでもがエラー…。
「タイム!」
突然主審がプレーを止めた。
サトシがタイムをかけたのだ!
JA大会までは“レフト”のコウタが三塁審判に駆け寄りタイムをとっていたのだが、この日はサトシがタイムをかけた。
そもそもコウタが取っていたタイムは誰に教えられたものではない。
「何とかピッチャーを助けたい」
という思いから、コウタが“勝手に”とっていたものだ。
マウンドは孤独。
それを一番知るサトシがタイムをとった。
内野陣がマウンドに集まると5年生のキョウタロウとコウセイ、4年生のコウスケが苦笑いをし始めた。
次の瞬間!

空を見た!
JA大会の引佐戦では空を見たのはサトシとユウ、コウタの3人だけ。
外野に目をやると、センターのユウの元へレフトのエイスケとライトのタツヤが集まり、天を見上げている。
この日はグランドの選手全員が“同じ”空を見た。
マウンドで戦うピッチャーは決してひとりではない。
後ろを振り返れば“仲間”がいる。
苦しい時、一緒に同じ空を見てくれる仲間がいるのだ。
サトシがコウヘイに、そしてエラーをして下を向いている後輩たちに伝えたかったことは“これ”。
マウンドの孤独さが一番分かるサトシがコウヘイに伝えたかったことは“一緒に”戦っているんだ、という想い。
エラーを悔やんでももうやり直せない。切り替えて“次”に進むしかない。エラーをしても、「空を見ろ!」だ。
“谷間”と呼ばれた6年生の強みは“仲間を思いやる気持ち”。この気持ちこそ“フレンズ”だ!

コウヘイはひとり、最後まで空を見上げていた。チームのために何とかしたかったのだと思う。サトシだけではない。コウヘイも成長しているのだ。
その後、なんとか切り替えて後続を討ち取ったがいきなりの5失点。
1回が終わって“早くも”0-4。
しかし、2回に入ってもコウヘイの制球が定まらない…。
この先を考えると何とかコウヘイに一本立ちしてもらいたい。
監督、コーチ、チームメイトそして我々もそれを望んでいる。
野球において“スピードボールは麻薬”。
使用と控えようとしても使ってしまう…。
コウヘイの速球が“バシバシ”決まるところをみんな見たいのだ。
しかしランナーが溜まったところでたまらず監督がベンチを飛び出し主審の元へ。
「ピッチャー交代」
コウヘイにとっては無念のマウンドだったが、今までの乱調時に比べると落ち着いていたように思う。制球は定まっていないが、“ピッチャー力”は少しずつだが上がっている。
続いてマウンドに上がったのは、コウタ!
三ヶ日大会で大敗を喫した金谷ファイターズ戦と同様の継投。
悪夢がよぎる…。
しかしコウタにしてみれば、またとないリベンジのチャンス。みすみす逃すわけにはいかない。

思ったよりも早く訪れたリベンジの機会。モノにできるか。
ノーアウト、ランナー1、2塁。
先頭打者にストライクが入らず、いきなりの四球。
ノーアウト満塁。
悪夢が現実となる予感…。
しかしコウタは落ち着いていた。
ゆっくりロージンに手をやると、後ろを振り返り、力強く握った拳を突き上げ、大きな声で
「ノーアウト~!」
そう、振り返れば仲間がいる。
バッターボックスには“背番号5”。7、8年前、高丘のアパートでよく遊んだマツモトくん、“シンちゃん”だ。
マツモトくんは前の試合でも大きなアタリを連発。2試合目となるこの試合でも好調を持続していた。
しかしコウタは気にするそぶりもなく、淡々とストライクを取りに行く。現時点でのコウタの役目は“打たれる”こと。ストライクゾーンにボールを投げることが“仕事”だ。コントロールを重視して8割、時には6割程度の力でボールを“置きにいく”。
マツモトくんに対してもボールを置きにいった。
(ガッツッ!!)
TPXの低い打球音とともに強く叩かれたボールはサードへ。
キョウタロウの守備範囲かと思われたが、手だけで捕りにいってしまったためグローブの先端をボールがすり抜けツーベース。
2点を追加された。
2回が終わって0-6。
相手のピッチャーが非常にいいため逆転は困難。
こんな時は“もうひとつ”のチームの悪い癖が顔を出す。
“諦め”だ。
忘れもしない、三ヶ日大会の金谷ファイターズ戦。
大量得点を奪われてからというもの、チームから声が消えた。
この日も「声が消える」かと思ったが、声が消えない。
試合にまだ入れていない。集中もまだできていない。
それでも大きな“生きた”声がグランドに響き渡っている。
この日は試合を捨ててる子が誰もいない。
フレンズから“諦め”の文字が消えた!
3回もマウンドにはコウタ。
ランナーを溜めるもツーアウトまでこぎつけ、ツーアウト、ランナー2、3塁。
次の打者はボテボテのサードゴロ。
「チェンジ!」
と思った瞬間、キョウタロウがまさかのトンネル。
2点を追加された。
キョウタロウが申し訳なさそうに帽子を取りコウタに頭を下げる。
コウタはグローブを上げこれに応えると、何やらキョウタロウに声を掛けた。
キョウタロウに笑顔が戻った。
「ツーアウト~!」
コウタが再び大きな声をあげる。
どうやらしっかり切り替えができているようだ。
後続をピッチャーゴロに討ち取りチェンジ。
しかし3回を終わって0-8となった。
点差は付いたがこの日のフレンズは諦めない。

積極的に次の塁を狙う。

相手ピッチャーの速いボールに食らいつく。
2点を返す。
4回もコウタがマウンドへ。
打たれランナーを出すも、コウスケとキョウタロウにファインプレーが飛び出し、初めて無得点に抑えた。
4回が終わって2-8で浜松ブラッツがリード。
フレンズもランナーを出すもののあと1本が出ずなかなか得点が奪えない。
5回もコウタがマウンドへ。

4回から少しずつリズムが良くなりだしたコウタ。とはいえ点差が付いた試合。相手の雑なバッティングに助けられている感は否めないが、以前の登板に比べれば“明らかに”今日の方がいい。
ツーアウト後、バッターボックスにはマツモトくん。
先の2打席は完璧に打たれている。
試合展開からしてたぶんこの打席が最後の対戦。
コウタは大きく息を吐くと、サトシのミット目掛けてボールを投げ込む。
そのボールは明らかに今までのボールとは違っていた。
傍から見ていてもリリース時の力の入れ方が違う。
8割ではない10割。
今まではフォアボールを出さないことを第一に、“打たせる”つもりで投げていたコウタだが、ここは全力で抑えにいっている。
何よりも今日一番の集中力。
ボールに気持ちが入っている。
ワンボール、ワンストライクからの3球目。
(ガッツッ!!)
完璧に捕えられたかと思った打球は、力なくコウタの元へ。
ピッチャーゴロでチェンジ。
6回もコウタがマウンドへ。
エラーで得点を奪われ、結果は2-9の惨敗。
しかし、今までの惨敗とは異なり、明らかに収穫があった。
特に“自然”とチームワークを出せるようになったこと、そして試合を諦めなくなったことは収穫以外の何物でもない。
コウタも良く投げた。得点は奪われたものの、4イニングを投げ自責点は1。
公式戦で投げるにはまだまだだが、成長を感じることはできた。いいハートを持っている。
帰宅後、コウタが話しかけてきた。
「背番号5がシンちゃんだよね。すぐわかったよ」
コウタもしっかり覚えていた。
野球がふたりを再び巡り合わせてくれた。
コウタが試合ではじめて“全力”で投げた相手はシンちゃんだった。
漫画ならこの先、このふたりはライバル関係になるのだが、このふたりは果たして…。