第97話/フレンズ“らしさ”!

ワカさん

2012年03月01日 22:56

この日の朝、コウタと試合の展望について少しだけ話をした。

「ファイターズに勝てそう?」
と尋ねると、

「そりゃ勝つよ!」
と返ってきた。

「先制されたら苦しいんじゃない?」
再び尋ねると、

「3点差なら最終回で逆転する!」
とコウタは力強く答えた。

試合はまさに“3点差”。
しかし最終回ではない。
最終回は過ぎた。
これはサドンデスの“特別ルール”。
満塁だが、すでにツーアウト…。

上位打線ならともかく、打線は下位。
相手のピッチャーは“恐ろしく”いい。
こうなると望みはほぼ“ない”。

打席に向かうコウタの背中を観てこう思っていた。
「少年野球最後の試合の、最後のバッターがコウタで良かった…」。
何とも言えない寂しい感情に浸りながら、ひとり、そう思っていた。

打席へ向かうコウタへ、4年生が大きな声援を送る。

「キャ~プテン!キャ~プテン!」

いつからかは忘れたが、コウタへの応援は名前ではなく「キャプテン」になっていた。
バッティングで活躍したことがないコウタは、打席でこの声援をどう思って聞いていたのだろうか。
声援を送る後輩たちは、打席に立つコウタを見て、どう思っていたのだろうか。
客観的に観れば、そこに“期待”はない。


コウタが“最後”の打席に入る。

一段と声援が大きくなった。
応援席にいる父兄も、来年から合併するチームの子も、ベンチにいる子も、コーチャーボックスにいる子も、そして1塁にいるエイスケも、2塁にいるサトシも、大きな声でコウタに声援を送っていた。

なぜだか分からないが、全く結果の出ていないコウタに、全ての人がコウタに“期待”していた。

相手ピッチャーが“快速球”をキャッチャーミット目がけて投げ込む。


速すぎて完全に振り遅れの空振り…。

傍から観ていて、打てる気が全くしない。
これはコウタどうこうの問題ではない。
ピッチャーが速すぎるのだ。


みんなの声援を受け、なんとか食らいつく。

努力はみんなしている。
コウタもコウタなりに一生懸命努力してきた。
毎日走り、毎日バットを振った。
これほど頑張るとは夢にも思わなかった。
なかなか結果はでなかったが、それまでの過程は立派だった。
その過程は、たった一打席で色褪せるモノではない。
ただ、チームとしては結果が出た。
キャプテンとしてチームを引っ張り、チームとしての結果は「県大会出場」というカタチで出ている。
この試合で最後となる少年野球に、“悔い”などない。

「よく頑張った。ご苦労さん」
試合が終わったらそう言おう、とこの打席を観ていて思った。
今年のチームには、本当に多くの喜びと、たくさんの感動をもらった。
この試合で負けても“悔い”はない。
そもそも“あの”三ヶ日ジュニアファイターズと“特別ルール”を戦っている。
試合内容も、お別れ大会史上“屈指”の好ゲーム。
“悔い”が残るはずもない。

4年間の少年野球の“最後”の打席。
コウタの場合は、“野球最後”の打席の可能性もある。

自分のやってきたこと、そして最も大事にした“仲間たち”からの信頼を胸に、思い切り振って欲しい。


「ボコッ!」

ビヨンド独特の鈍い音を残し、“ふらふら”っと上がった打球はサード方面へと飛ぶ。

エースで4番のサトシは“チーム”の象徴。
小さいながらも、ストイックに自分追い込み、精進を欠かさなかったユウは“努力”の象徴。
立派な体格で、全てのポジションをこなしたコウヘイは“最上級生”の象徴。
守備がヘタくそながら、ここぞという時に、必ず打ったエイスケは“奇跡”の象徴。
そしてコウタ。
コウタはどんな試合であろうが、一度たりとも“捨てた”ことがない。例え、結果コールド負けになった試合であろうが、逆転を信じ、チームを鼓舞し続けた。
コウタは“諦めないチーム”の象徴だ。

コウタは打球の行方に目もくれず、必死に1塁へと向かう。
ただただ“逆転”を信じて。

コウタの打球は、サードの伸ばしたグローブのわずか先、レフトの前にぽとりと“落ちた”!

絵に描いたような“ポテン”ヒット!

絶対に“諦めない”と言っていた、実にコウタらしいヒット。
4年間の“集大成”と呼ぶに相応しいヒットだ。

ランナーひとりが生還!

その差“2点”!

3塁のサトシが、2塁のエイスケが、そして1塁のコウタが、必死にバターボックスに入る5年生に声援を送り、相手ピッチャーにプレッシャーをかける。

が、ファイターズの5年生ピッチャーは、全く動揺する様子を見せない。

試合が終わる。

コウタの少年野球も終わった。


ベンチの選手みんながマウンドに駆け寄り、歓喜の渦ができる。

フレンズと対戦して、こんなに喜んだファイターズを観たことがない。
なんせこれは、“ただの”町内大会。
優勝したところで何もない。
なのに、これ以上ないほど喜んで“くれた”。

ファイターズがこれほど喜んでくれるのであれば、そんな試合ができたのであれば“悔い”はない。

フレンズらしい、諦めない姿勢も見せることがことができた。
試合を観てくれた多くの方々に見せることができたのだ。
「これが三ヶ日フレンズです」と。

だから悔しさなど微塵もない。
まぎれもなく、大会史上屈指の好ゲーム。
「良く頑張りました」だ。


“最後”のゲームセット!
結果は1対1からの“特別ルール”で、合計2対4で三ヶ日ジュニアファイターズが優勝。


観客から「よくやった~!」と暖かい声援が飛ぶ。


“最後”だからと、6年生の表情を撮ろうとベンチへ。

「えっ!?」
6年生の顔を見た瞬間、涙が“どばっ”と溢れだした。
涙で曇るレンズ。
手が震えてなかなかシャッターが押せない…。

それでも懸命にシャッターを押した。





6年生はみんなが泣いていた。
ユウも、コウヘイも、エイスケも、サトシも、そしてコウタも、みんながみんな泣いていた。
首脳陣も、下級生も、父兄も、応援してくれた観客の方も、みんな満足げな表情を浮かべる中、6年生だけは流れる涙を拭くこともなく、ただただ“泣いて”いた。

勝ちたかったのだ。
諦めていなかったからこそ流れた涙。
いつしか6年生全員の身体には“絶対に諦めない”という気持ちが染みついていたのだ。

最後の最後の試合でも魅せてくれた“フレンズらしさ”。

心の底から「ありがとう」。


“最後”の表彰式。そこに笑顔はない。


閉会式直後、6年生だけで“記念撮影”をしたが、笑顔はない。


フレンズは、このまま三ヶ日東小学校に移動し、すぐさま「卒団式」になる。

“涙”の卒団式。

特別な演出はなにもない。
だが、そうなりそうな予感だけはある。


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