第96話/それぞれの“最後”!

ワカさん

2012年02月27日 21:10

あれほどざわついていた、会場となっている三ヶ日西小学校は静まり返っていた。
静まり返るといっても、両チームの熱の入った応援は続いている。
その声援が聞こえないほど、試合の緊張感が高まっていたのだ。

サトシがゆっくりと打席に入る。
たぶんこれが少年野球における“最後”の打席。
ピッチャーから全く視線をそらすことなく、ファイターズの“快速球”5年生ピッチャーを睨みつける。

ピッチャーはキャッチャーミットから一切目をそらさない。

初球。
快速球が低めに決まる。

「速い!」

このピッチャーとは何度か対戦したが、その時とは明らかに“違う”。
スピードだけではなく、コントロールも凄い。

サトシは一旦バッターボックスを外し、素振りを繰り返す。
“センター前”に打つ気はない。
それは素振りを観ればわかる。


高めにきたボールを迷わず強振!

かすったボールは一直線にバックネットへと突き刺さった。

「ファール!」

まさに“力と力”の戦い。

確認するが、これは町内チームだけで行われる「お別れ大会」。
“ただの”町内大会だ。
従来であれば、もっと楽しげな雰囲気の中で試合が行われ、勝敗に関わらず、みんな笑顔で記念品を貰い、他チームの子たちと談笑をするような大会。
にもかかわらず、この試合に限っては、“鳥肌が立つ”ほどの緊張感、“ピン”と張りつめた空気に包まれていた。


低めのボールを強振するが、差し込まれてサードゴロに倒れた。

歓喜と共にベンチへと戻るファイターズナイン。

7回が終わって1対1の同点。

ここで大会役員が集まり、何やら協議を始めた。

大会ルールで行けば、お別れ大会に“特別ルール”はない。
決着がつくまで“延長戦”を行うことになっている。
が、実際はこのルールはあってないようなモノ。
毎年優勝チームは決まっていて、延長戦になることすらない。
書面上“延長戦”としただけで、実際には“なってから”考える、だ。
この試合が終わり次第「閉会式」が行われ、そのまま各チーム別れ、それぞれのチームで「卒団式」となる。
試合時間が長すぎても都合が悪いのだ。

協議の末、“特別ルール”が採用されることになった。
特別ルールは“ノーアウト満塁”からプレーが開始されるもので“運”に左右されやすい。採用の目的は“早期決着”ということになる。
となれば“ミス”は命取り。
ミスが出たチームが勝利から遠のく。
ミスの出る確率は“圧倒的”にフレンズの方が高い…。

ジュニアファイターズは1番からの好打順。

フレンズはバックホーム体制。
内野ゴロは迷わず“バックホーム”だ。


8イニング目に突入してもサトシの球威は全く落ちない。むしろ上がっているようにさえ思う程のピッチング。

「カキーン!」

打球はセカンドの前へと転がる。

「よし!」

と思った瞬間、一旦グローブに収まったボールがグローブから飛び出した…。

3塁ランナーホームイン!

1塁はアウトとなったが、1点を奪われた。
それでも1点。まだまだ充分逆転できる。

ワンアウトランナー2、3塁。

フレンズベンチから“何やら”サインが出る。

セカンドランナーをつり出すように動くショートのコウヘイ。

セカンドランナーのリードが大きくなる。

次の瞬間、センターのユウが2塁ベースへ猛然とダッシュ!

サトシが2塁へ牽制!

「あ~!」

グランド中に歓声と怒号、そして落胆が入り混じった声が響き渡る。

ボールは外野を転々としていた…。

ランナーが次々とホームへと生還…。

ファイターズが2点を追加…。

このイニング“まさか”の3失点…。

この場面で必要だったとな思えない“まさか”のトリックプレー…。
トリックというよりも“ギャンブル”だ。
「成功すれば流れはフレンズ」と、ベンチは考えたのだろう。

それにしてもあまりにも“痛い”ミス…。


「タイム」を取り、サトシの元へと駆け寄る。

サトシが“切れた”時点でフレンズの戦いは終了。ただの平凡なチームへと戻ってしまう。ミスが続いた後、サトシは大抵、“切れた”。追い打ちをかけるように、ファイターズベンチからは「たたみかけるぞ!」の言葉が飛ぶ。


サトシは全く“切れ”なかった。

そこには、かつてマウンドで涙した姿はない。
あるのは、大きな体に「背番号1」を背負った“大エース”の姿だ。
繊細で脆かったその心は、自信と信頼に満ち溢れていた。

そもそもフレンズは守備が弱いチーム。
エラーはあって当たり前。
敗因をエラーにするつもりなどない。

次の打者はピッチャーゴロに仕留めた。

ツーアウトランナーなし。

サトシの少年野球における“最後”になるであろうバッターの打球は、コウタの待つファーストへと転がる。
コウタがこれを難なくさばきスリーアウト。

3点を追うフレンズの攻撃。
前の回がサトシで終わっていたため、ノーアウト満塁で5番の“6年生”エイスケから。

梅雨時から夏にかけて、“バカバカ”に打ったエイスケだが、8月に小指を骨折してから調子が以前のようには戻らなかった。
打順もそれまでの3番から6番に下がっていた。
だが、この最終戦。エイスケはクリーンナップである5番に“戻った”。
監督の配慮だが、最後の最後で、クリーンナップに返り咲いた。
フレンズの数々の奇跡は、エイスケのバットとともにあった。
エイスケがいなければ、フレンズの奇跡はなかったのだ。

試合は3点差。
状況はノーアウト満塁。
相手ピッチャーから連打は望めない。

定石であればここは“スクイズ”。
1点を返し、ワンアウト2、3塁とした方が、守備も守りにくくなり、同点の可能性が膨らむ。

監督は以前、こんなことを言っていた。

「サトシとエイスケにスクイズのサインは出さない」。

エイスケの少年野球“最後”の打席。


エイスケの打球は高いバウンドのピッチャーゴロ。

ホームアウト。

1塁はセーフ。

ワンアウト満塁。

バッターボックスには“6年生”のコウヘイ。
全ポジションを守ったコウヘイは秋口からバッティングが開花。
サトシに次ぐホームラン打者へと成長していた。
この試合も先制タイムリーを含む2安打。

コウヘイの少年野球“最後”の打席。


コウヘイらしい“思い切り”のいい空振り三振。

ツーアウト満塁。
得点差は3点。

少年野球“最後”の試合。

“最後”の打席にコウタが向かう。






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