12月3日。
“最後”の公式戦である秋季大会の準決勝・決勝を翌日に控えたこの日は、雨のため体育館にて練習。
サトシとコウタ、そして5年生のキョウタロウがピッチング練習を行っていた。
気がかりなことがあった。
自分だけではなく、みんなが気にしていることがあった。
明日の試合で「サトシをどこで使うか?」だ。
今年のルールでは、ピッチャーは一日1試合しか登板できない。
明日は一日で準決勝・決勝の2試合を行うため、“大エース”であるサトシをどちらか1試合でしか使えない。
自分を含めて大半の意見は、
「準決勝をコウタ、キョウタロウなどを総動員して、なんとか勝ち上がり、決勝戦はサトシで」
というもの。
最大の目標であった“県大会出場”を達成後、子供たちは明らかに目標を失っていた。
そこで、みんなに今後の目標をグランドの片隅から大声で言わせた。
個人成績を目標にする子の中、コウタは「目標は秋季大会優勝です!」とはっきりと言った。
その時から、チームとしては“秋季大会優勝”を目標に野球に取り組んできた。
となれば、決勝に進出しても、優勝できなければなんの意味もない。
なぜなら、目標は“好成績”ではなく、“優勝”なのだから。
ベスト4に残ったのはフレンズと雄踏、鷲津と“絶対王者”の細江だ。
決勝戦に進めた場合、今年県大会に3度も出場した細江と対戦する公算が高い。
細江から勝利を奪うためにはサトシしかない。それも“絶好調”のサトシが必要だと考えていた。それでやっと“五分五分”だと。
そもそも15チームある支部の中で“ベスト4”は決して恥ずかしい成績ではない。
サトシを温存し、準決勝で敗れたとしてもそれはそれで立派な成績だ。
だからこそ、博打を打ってもいいのでは、とほとんどの人が思っていた。
しかし、決定者である監督の見解は違っていた。
「準決勝はサトシ!」
と、少し前から言っていたのだ。
まずは決勝へ。決勝戦こそ“総力戦”と。
その日の晩、チームの役員会があり、監督と会うため、もう一度話をしてみようと思っていた。
実際、話はしたのだが、答えはあっさりしたもので、
「準決勝はサトシ!決勝はコウタ、キョウタロウ、コウスケ、全てを使って総力戦で勝ちを狙う!」
と躊躇なく言われた。
父母の会の会長さんもこれに同調し、
「コウタは“秋季大会”で優勝したい、って言った。だから、決勝のマウンドにはコウタにあがって欲しい」
と続けた。
ワタシは“怖かった”のだ。
町内大会の決勝で登板したコウタはストライクが入らず、試合を壊しかけた…。
引佐大会でもコントロールが定まらず、負け投手となった…。
秋口の鷲津との練習試合では“これでもか”というほど打ち込まれた…。
明日、同じようなことになれば、コウタが積み上げてきたモノがなくなるような気がしていた。
“野球が好き”と言う気持ちすらなくなってしまうのではないか、とも思っていた。
ワタシは明日が“最後”の公式戦だということに、コウタの“最後”の登板の相手が細江になるだろうということに、完全に恐れをなしていた。
12月4日。
秋季大会最終日。
風は強いが試合はできそうだ。
会場は雄踏グランド。
フレンズは第1試合で雄踏と対戦。
勝てば第2試合で細江と鷲津の勝者と対戦する。
ワタシはチームの用事を済ませてから会場に向かったため、試合が始まる直前に着いた。
マウンドには“エース”のサトシがいた。
複雑な心境になった。
野球が上手くない息子を持つ親としては、細江だけには投げて欲しくなかった…。
同じ支部にはフレンズ以外に14チームあるが、細江は完全に頭ひとつ、いや最低ふたつは抜けたチーム。
守備力は当然高いが、とにかく“打つ”…。
繰り返しになるが、ズタズタにされそうで“怖い”…。
コウタは中学で野球をやるか悩んでいる。
そんな状態の時にズタズタにされたら…。
この想いがワタシの恐怖心を増幅させていた。
試合は雄踏が先攻で始まると、いきなり先頭打者にツーベースヒットを打たれ、いきなりのピンチ。バントで送られるとあっさり先制された。
1点を追うフレンズの攻撃は、先頭のユウが“いつも通り”出塁すると、コウスケのライトゴロですぐさま同点に追いついた。
その後は相手ピッチャーが不調だったこともあり、フレンズが着実に加点。
コウタは“なんとか”スクイズ成功!
コウヘイはユーティリティーぶりを発揮し、この日はライトで出場!
エイスケは足で相手をかき回す!
サトシは尻上がりに調子を上げ、4回からは“絶好調”モードに突入!
終わってみれば5回コールドでフレンズが勝利!
ただ、点は取ったものの、そつなく攻められただけで、打線が爆発したわけではないのだが…。
準決勝のもう一試合は、細江vs.鷲津という実力派同士の対戦。
特に鷲津のピッチャーは支部“有数”の好投手。
投手戦の予感もあった。
序盤は投手戦の装いだったものの、3回以降、“強力”細江打線が爆発し、あっという間に9点を奪い試合を決めた…。
“怖さ”が増した…。
支部“有数”のピッチャーといえども、細江打線にかかれば打ち込まれる…。
コウタでは“全く”通用しない…。
その場から逃げ出したくなったワタシは、子供たちの元へと向かった。“何か”ハッパをかけようと…。
雄踏グランドは野球場が二面ある大きなグランド。子供たちは試合をしていないグランドの、日当たりがよく“ぽかぽか”しているベンチ付近で昼食をとっていた。
ワタシがカメラを持って向かうと“ゾロゾロ”と集まってきた。
「イエ~イ!」
「…」
その姿は緊張感“ゼロ”…。
“怖さ”にくわえ“不安”も増幅…。
つくり笑顔をするのが精一杯で、何も言うことはできなかった…。
「イエ~イ!」じゃないって…。
決勝戦の相手は“絶対王者”の細江。
そして、“最後”の公式戦となる決勝戦の先発はコウタに決まった。
つづく