9月10日。
この日は、三島市長伏公園グランドを中心に、「第5回Z会旗静岡県学童軟式野球大会(Z会旗)」が開催された。
最も遠い場所からの参加となる三ヶ日フレンズは朝の4時半に、三ヶ日東小学校出発。
途中2回ほど休憩を挟み7時半頃、開会式の会場となる長伏公園グランドに到着。
到着後、すぐに記念撮影。みんな素敵な笑顔です!
中学生のブラスバンドの演奏の中、開会式が盛大に行われた。
開会式後、試合会場となる「南二日町グランド」へ移動。
敷地内に大きな野球グランドと、美しい人工芝のサッカー場があるキレイな公園施設だった。
フレンズは第3試合目。
第1試合(北郷ファイターズ対浜松ガッツ)の勝者とベスト16進出を懸けて戦うことになる。
ガッツのエースは背番号5の子だと聞いていたが、先発の子の背番号は1だった。
試合はガッツがコールド勝ち。
対戦相手は浜松ガッツとなった。
第2試合は地元の三島東スピリッツと天竜支部の二俣クラブが対戦。
第2試合目の間、フレンズはアップをしたのだが、覇気が全く感じられない。
とにかく“声”がないのだ。
「お前ら声出せ~!」
コウタの号令につられ、何気なく声を出している程度…。
(こいつら大丈夫か…)
第2試合は三島東が勝利したようだ。
いよいよ第3試合、三ヶ日フレンズ対浜松ガッツの対戦が始まる。
たぶん、三ヶ日フレンズは、出場チームの中で一番“弱い”。
一方の浜松ガッツは、フレンズが全く歯が立たなかった浜松ブラッツを倒して県大会出場を決めた、“野球王国”浜松支部の代表。
“天と地”ほど実力差がある。
午後3時2分。
三ヶ日フレンズ、最初で最後の県大会での戦いが始まった。
ベンチ前で円陣を組むと、みんなが手を繋ぎ、小刻みに足を動かしながら大声で叫ぶ。
「ワ~~~~、絶対勝つぞ!オ~!」
つい最近始めた試合前の儀式。
初回にエラーが多く、先制点を奪われることが多いため、みんなの緊張をほぐすためにコウタが発案した儀式だ。
発案した、と言ったが、実は“超強豪”三ヶ日Jr.ファイターズの“パクリ”。
Jr.ファイターズの“それ”は迫力満点で、見ているコッチも吸い込まれそうになるほど凄いのだが、この日のフレンズの“それ”も充分迫力があった。
やらされるのではなく、いいと思えばすぐに取り入れるのも“今年の”フレンズの特徴のひとつ。
自分たちで考えてここまで来たのだ。
先攻はフレンズ。
フレンズの1番バッターは“いつでも”ユウ。出塁率は歴代でもトップクラス。
ユウが出塁すれば何かが起こる。
するとベンチにいる4年生が一斉に立ち上がると、大声でチャント(応援歌)を歌い始めた。
そもそもフレンズにチャントの風習はない。聞いたことがあるとしても2種類か3種類程度。
それがこの日は、今まで聞いたこともないようなチャントを大声で歌った。
コウタが「声出せ!」と言わなければ何も言わなかったような子たち。
それがこの日は、自ら立って、大声で真新しいチャントを歌い、イニングの合間には出場している選手に冷たいタオルを持っていっていた。
この子たちも戦っていた。
この子たちもいてこそもフレンズ!
ヒットで出塁!
2番は“スーパー4年生”コウスケ。長打力と小技を併せ持つ“野球の申し子”。
が、珍しく送りバント失敗。
3番は“本来”4番の5年生キョウタロウ。
ポテンヒットでサトシに繋ぐ。
ワンアウト1、2塁。
4番は“大黒柱”サトシ。
フレンズ史上“たった”ひとりしかいない“三冠王”に挑む大砲だ。
放った打球は外野を遥かに越えるエンタイトルツーベース!
フレンズが1点を先制。
なおもランナー2、3塁。
5番は“本来”3番のエイスケ。8月上旬に左手小指を骨折したが、ギリギリで間に合った。
フレンズの奇跡はエイスケと共にあった。
“ここぞ”という場面でエイスケは必ず打った。
「エイスケ骨折」の情報を聞いた時、コウタは「オレが折れた方が良かった」と言った。聞いた時はビックリしたが、コウタが目指すのはただひとつ“チームの勝利”のみ。その勝利のためにはホントに欠かせない戦力だったエイスケがやっと戻ってきた。だが久しぶりの公式戦のせいか、いまひとつタイミングが合っていない。
それでも打つのがエイスケ。詰まりながらも2点タイムリーを放つ。
3点を挙げ、なおもワンアウトランナー1塁。
6番は“フィジカル王”コウヘイ。
ここでエンドランを使うが、センターライナーとなりランナーが戻れず“ゲッツー”。
それでもフレンズは3点を先制することに成功。
フレンズのマウンドにはもちろんサトシが上がる。
“怪物”サトシにとっても“最初で最後”の県大会。
チームが違えば、もっと、何度も、県大会で活躍したであろうフレンズ史上屈指の逸材。
以前、サトシにこんな質問をしたことがあった。
「サトシさあ、お前フレンズじゃなかったらもっと勝てたのにゴメンな…」
するとサトシはこう答えた。
「オレ、フレンズでいい、ていうかフレンズがいいし」
こんな質問をする父兄もどうかと思うが、とにかくサトシは「フレンズがいい」と言ってくれた。
県大会を懸けた支部予選の準決勝でサトシは自分に負け、マウンドを降りた。
試合後、歓喜に包まれるベンチでサトシは涙ながらにチームメートに頭を下げた。
そんなサトシをすぐさま歓喜が包み込んだ。
「サトシを県大会へ!」
Z会旗の支部予選はそんな戦いだった。
やっと、サトシが県大会のマウンドに上がる!
先頭打者をライトフライに仕留めると、続く2番打者をセカンドゴロに打ち取りツーアウト。
しかし、ここで3番打者にデッドボール与える。
ツーアウトからの四死球はサトシの悪い癖なのだが、4番打者から三振を奪い、なんとか無失点で切り抜ける。
2回の表、フレンズの攻撃はコウタから。
応援席からも、メキャクチャ力んでいるのが分かる。どうしても“打ちたい”のだ。
コウタは6年生“唯一”の打率1割台。
みんなが“グン”と伸びた昨年の秋から冬にかけて、コウタは野球ができなかった。
みんなが“ガンガン”に打ち込み、筋力アップを図る中、コウタはその練習を見ながら、グランドを歩くことしかできなかった。
「あれがなければ…」と言ってくれる父兄もいたが、実際は違う。
そもそもコウタはこんなもん。“あれ”があろうがなかろうが、こんなもんだ。
逆に“あれ”があったからこそ成長できたことのほうが多い。
“あれ”があったからこそ気が付いたのだ。
「野球が好きだ!」ということに。
そんなコウタが打席に立つ。
結果は、低めの難しい球に手を出しサードフライ…。
8番はセカンドを守る5年生のヒロキ。
粘るもののサードゴロに倒れる。
ツーアウトランナーなし。
下位打線とはいえ、三者凡退は避けたい。
9番は“俊足”の5年生タツヤ。
四球を選ぶとすかさず盗塁。
ツーアウトランナー2塁。
ユウに繋いだが、センターフライに倒れ無得点。
2回の裏のガッツの攻撃は、ツーアウトランナーなし。
次の打者も打ち取ったかと思われたが、高く跳ねたボールが内野の頭を越えヒットになる。
この大会で使用される“ケンコーボール”はとにかくよく跳ねる。
フレンズも大会に向けてケンコーボールを購入し練習しようとしたのだが、実際はほとんどできなかった。
練習試合で使用したものの、フレンズの内野手は小柄な選手が多いため、バウンドしたボテボテの打球が面白いように外野へと転がった。しかも、この日の相手ガッツの選手は上位打線のみならず、下位打線もしっかりとボールを強く叩いてきたため、さらにボールは高く跳ねた。
サトシからすると嫌なランナーだ。
打ち取ったはずなのに1塁にいる。
イライラして牽制を繰り返す。
ランナーを気にしすぎ、ボールを置きに行く。
(カキーン!)
ライトの頭を越えるツーベースヒットを打たれ、1点を返される。
サトシは明らかにイライラしている。
次の打者の打球はライト前へとフラフラと上がる。ライトのタツヤが突っ込もうとするが、途中で足を止めると、目の前でバウンドしたボールが頭の上を越え、タイムリーツーベースヒットとなる。
その後の渋いヒットを打たれ同点になる。
マウンドを右足で“ガッガッ”と掘る。
完全にイラついている。
こうなるとベンチの声も、応援席の声も聞こえなくなる。
コウタがやっと野球ができるようになった時、与えられたポジションはレフトだった。そもそもファーストだったのだが、事故後、ボールが遠くに投げれなくなったためにレフトをやることになった。コウタのファーストをやりたかたようだが、最もやりたいポジションは“ピッチャー”。コーチから「ピッチャーをやりたいならレフトに行け」と言われ、納得の上でレフトにコンバートした。
その際にサトシは親に愚痴をこぼしたらしい。
「コウタはいつも励ましてくれるから、ファーストにいて欲しい」
コウタは“王様(キング)”サトシを守る“騎士(ナイト)”。
サトシの異変には誰よりも早く気付き、適切な言葉でサトシを励ます。
それはレフトにいようが、ファーストにいようが関係ないが、キングにすればナイトは近くにいた方がいい。
「タイム!」
審判が突然タイムをコールした。
サトシは掘っていた足をとめ、1塁方向に目をやった。
サトシが目をやると、コウタが小走りでマウンドへ向かっていた。
タイムを取ったのはコウタだった。
ベンチも応援席も、誰も驚かない。
みんなコウタがタイムを取ると思っていた。
その後ヒットを打たれ逆転を許すが、サトシは笑顔でベンチに戻ってきた。
冷たいタオルを持つ4年生の待つベンチへ笑顔で戻ってきた。
2回が終わって3対4でガッツがリード。
3回の表のフレンズの攻撃は2番のコウスケから。
ベンチからはまたもや聞いたこともないチャントが流れてきた。