「先輩たちに優勝を…」

ワカさん

2013年07月10日 01:23

「先輩たちに優勝を…」
中体連が始まる少し前、コウタのLINEのコメントがこの言葉になっていた。

この一ヶ月間、ほとんどの下級生は3年生のサポートに回り、ボール運びや球拾い、グランド整備を行っていたようだ。
コウタの仕事はもっぱら“マウンド”の整備。
ピッチャー陣が投げやすいよう、丹念にマウンドとブルペンを整備していた。
トンボでならし、水をかけて手でへこみを埋め、さらにトンボでならす。
この作業を納得するまで繰り返すのだが、視線はどうしても先輩たちの姿を追ってしまう。

少年野球時代にスーパースターだった選手を多く擁する今年の3年生の目標は“県大会優勝”。
あと一歩までは迫ったのだが、未だ目標は達成できていない。
残す大会はこの中体連のみ。
この大会がラストチャンスだ。

とりわけ下級生がサポートに回ってからは練習に対する取り組みも大きく向上し、チーム力も大きく上がった。
実際、強豪チームとの練習試合では白星を重ねた。
特に、“大エース”となったタカシくんの安定感は抜群で、失点することが珍しい程になっていた。


中体連の初戦は危なげなく勝利し、チームは万全と思えたのだが…。


7月6日土曜日、この日は中体連3回戦の対天竜中学との試合が行われた。

この試合に勝ったチームが県大会へと駒を進める大一番。
相手は“強豪”だが、初戦の戦いを観る限り「大丈夫だろう」という思いを抱きながらこの日を迎えた。

私用があったため、会場である細江球場へ到着した時にはすでに試合は始っていた。

試合は“案の定”両エースによる投手戦。
スコアボードには“0”が並ぶ。
“0”が並んでいるのだが押してるのは天竜中。
観るからに“エース”のタカシくんの調子が悪い…。
それでも相手に得点を許さず試合は中盤へ。

と、ここで大事な用事を思い出した!
試合観たさに慌てて家を飛び出したため、肝心な私用を忘れてしまっていた…。
しかも今すぐやらなくてはいけない用事…。

悩んだが、ここは細江!
自宅のある三ヶ日はすぐ隣!!

車をブッ飛ばし往復すればきっと終盤には間に合うはず!!

一旦グランドを離れた…。


好投手同士の投げ合い。
どうしても試合展開が早くなる…。

大事な私用を済ませ、慌ててグランドへ戻った。
混みこみの駐車場に適当に車を停め小走りでグランドへ向かう。
グランドの縁を進むと視界にスコアボードが入ってくる。
それを横目で観ながら小走りでバックネット裏へと向かう。

「えっ!?」

スコアボードが見えた時、足が止まった…。

試合は0対1。

天竜中がリードしていた…。

さらに試合は、最終回裏、三ヶ日中の攻撃になっていた…。

もはやパニックになっていた…。

「なんで?なんで?…」
心の中で呟きながら小走りでバックネット裏へ向かった。

バックネット裏に着くと知り合いを探し、簡単に状況を説明してもらいパニックは収まったのだが…。

どうやら“エース”のタカシくんは右肩に痛みがあり、水曜日から一切投げていなかったらしい。
この日も痛みに耐え投げていたのだが、4回を投げ切った所で限界をむかえマウンドを降りたようだ。
失点シーンは6回の表。
誰しもが「ファール」と思った打球が「フェア」と判定され失点…。
監督が抗議をし、審判団が協議したようだが、判定は覆らなったようだ…。


試合は最終回ツーアウトランナーなし…。

敗色濃厚…。
コウタが憧れた先輩たちの中学野球が終わる…。

涙を“グッ”と堪え、ネクストバッターサークルに目をやった。

そこにいたのはケンタロウくんだった。

ケンタロウくんは、チーム結成当初からこの大会直前まで“背番号1”を背負った左のエース。
チームのムードメーカーであり、元生徒会長。
コウタが最も目標とする先輩だ。

自分がこうして3年生のことを心底応援したいと思ったのも彼のお陰。
試合を観に行くたびに「あの人だれ?」と3年生が不思議そうな顔でコッチを見ている時に、いつもケンタロウくんが「コウタのお父さんだよ」と説明してくれていた。
そのおかげでみんがどこでも挨拶をしてくれるようになり、どんどん3年生のことが好きになっていった。

調子が上がらず背番号が変わったが、腐ることなど一切なく、チームの勝利のために、バッテリーの次に相手バッターに近いファーストから、大きな声を武器に相手と戦い続けた。

そんな彼が“あとひとり”の場面でバッターボックスへ向かう。


正直、“最後のバッター”がケンタロウくんで良かった、と思った。
キャプテンと共にチームを引っ張り続けたのは間違いなく“彼”。
幕引きする人材としては相応しい。

無理やり事態を納得させようとそんなことを思っていた。


ネクストバッターサークルからバッターボックスへ向かうケンタロウくんは、バッターボックスに入る直前にバットでベンチを指し、

「任せろ!!」

笑顔で叫んだ。

それに呼応するかのように、ベンチも一斉に湧き上がった。


もう涙が止まらなかった…。
両手で口元を押さえ嗚咽を隠したが、目からは涙がとめどなく流れた…。


流れは完全に天竜中。
三ヶ日中がこっから追いつける要素など微塵もない。
それでもケンタロウくんは、3年生全員は諦めていなかった。

小学校の時から一緒に野球をやっていた子たちが多い今年の3年生。
彼らはおよそ7年もの間、一緒のチームで野球をやってきた。
その子たちと一緒にできる最後の試合。

そう簡単に諦めるわけにはいかないのだ。


ケンタロウくんは初球を“フルスイング”した。

背筋が震えた…。
この場面、果たしてどれだけの子が初球から振ることができるだろうか。

ケンタロウくんは出塁したものの、試合は終わった…。


涙が止まらず、その場から動けなくなっている私の目の前を3年生が通り過ぎる…。

かける言葉が見つからなかった…。


コウタともすれ違った。

コウタの目は真っ赤だった…。

心の底から勝ってほしかったのだ…。




7月9日。

新チームは今日から始動。

コウタの話では「今日はたぶんミーティング」とのことだった。

20時過ぎ、携帯が鳴った。
番号を見ると家からだった。

何事かと思い電話に出ると、声の主はコウタだった。

「どうした!?」

「オレらの目標決まったよ!」

どうやらやはり、今日はミーティングだったようで、“目標設定”をしたようだった。


現在高校1年生の時は、春に県大会で優勝し全国大会へ出場。
今の3年生は、“王者”東海大翔洋中を“あと一歩”まで追い詰めた県大会ベスト4。

コウタたちの代は、おそらく三ヶ日中野球部史上最も弱い年。
先人に申し訳なるほど、大きな大きな“谷間”。

そんな彼らが目標を立てた。

その目標とは

“県大会優勝”

3年生と同じ“県大会優勝”を目標とした。


三ヶ日中の伝統は、きっとこうして紡がれてきたのだろう。


試合後、コウタのLINEのコメントが変更されていた。

「頼りになる先輩はもういない…」

何があろうが、人は前へと進まなければならない。
どんなに嘆こうが、過去に戻ることはできない。
いかなる状況であろうとも、振りかえらず前を向くしかない。

今度はコウタ自身が頼られ、目標とされる番。
目標としていた先輩のように、常に前を向いて進んでほしい。



3年生のみんな、本当にありがとう!

君たちはホントに自慢の先輩でした!

その熱い気持ちと笑顔を持って、高校でも頑張って!









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