大飛球が外野の頭上を大きく越える。
満塁の走者は躊躇なくホームへ。
走者一掃の三塁打を放ったキャプテンが塁上で大きくガッツポーズをした。
湧き上がるベンチとスタンド。
さらにタイムリーが出てこの回4点。
誰しもが三ヶ日中の勝利を“確信”した。
3月9日土曜日。
この日は「第43回静岡県中学選抜野球大会」の準決勝が行われた。
カードは、第1試合が三ヶ日中(浜松)対“優勝候補筆頭”の東海大翔洋中(中部推薦)、続く第2試合が島田金谷中(前年度優勝)対“全試合コールド勝ち”の積志中(浜松)となった。
9時に試合が始まった三ヶ日中と東海大翔洋中の対戦は“投手戦”模様。
お互いランナーは出すものの、あと1本が出ない拮抗した展開。
守備から戻るレギュラー陣を控えの選手たちが元気よくベンチを飛び出し笑顔で迎える。
予選時には感じられなかった“一体感”。
怪我人が戻ってきたこともあるが、厳しい試合を勝ちあがることで、チームワークが芽生えてきたような印象を受けた。
攻撃時には、ベンチからはもちろん、ベンチ入りを逃した選手たちがいるスタンドからも大きな声援がこだまする。
チームみんなの応援がバッターの背中を“強烈”に後押しする。
出ている選手だけではない。
チーム全員で戦っていた。
(これならいけるぞ!)
優勝候補“筆頭”の東海大翔洋中に対し互角、いやそれ以上の試合を展開していた。
「これぞ好ゲーム」と言わんばかりの試合は、“若干”三ヶ日中が押したまま、特別ルールの延長戦へと入った。
特別ルールは“ノーアウト満塁”から試合が始まる。
これは当然、時間を考慮して採用されているルール。
サッカーでいえば“PK戦”。
運が結果を左右することも十分ある。
“ノーアウト満塁”なのでピンチはピンチ。
それも大ピンチだ。
大ピンチは大ピンチなのだが、これが意外と点が入らない。
例えば、内野ゴロを打てばダブルプレーになりやすく、外野フライを打ったとしても浅ければタッチアップもしづらい。
スクイズという手もあるが、ギャンブル性が高い割に大量得点が見込めないうえ、外された場合相手に流れが行く可能性が高くなる。
“ゴロゴー”を使うチームが多いようだが、三ヶ日中はそのまま打たせることが多い。
今大会の浜松予選の決勝戦も、一年生大会の決勝戦も“特別ルール”で敗れている。
ともに特別ルールになってからは、ほとんど得点を奪えてなかったような気がする。
とにかくチームとして、特別ルールが上手くない、のだと思う。
そんな“苦手”な特別ルールに入った8回表。
キャプテンが走者一掃の三塁打を放った。
三塁のベース上でガッツポーズをするキャプテン。
打つべき人が打っての得点にベンチもスタンドも沸きに沸いた。
その後、さらに1点を奪い、この回に挙げた得点は“大量”4点。
特別ルールとはいえ“大量得点”を奪うことに成功した。
(勝った!)
8回表が終わって5対1で三ヶ日中がリード。
マウンドに向かうは“右のエース”。
今大会3試合目の登板で、この試合の1点が“初”失点。
そもそも予選でもほとんど点を取られていない。
8回裏、東海大翔洋中の攻撃は早くも“ツーアウト”。
ノーアウト満塁の時からランナーは全く動いていない。
“あとひとり”
得点差は“4点”。
満塁とはいえ4点差ある。
塁上の走者が全て帰っても3点。
(勝った!)
会場である島田球場もざわつき始める。
「“優勝候補”東海大翔洋中敗れる!」
翌日の新聞の見出しも頭をよぎりだした。
東海大翔洋中の打者の“渋い”ゴロが内野の間をすり抜ける。
5対2。
依然状況は変わらず、
“あとひとり”
次の打者の打球も“渋く”内野の間をゴロで抜ける。
5対3。
ここでバッターは県内屈指の“4番”が登場。
それでも状況は変わらない。
点差は2点。
無理に勝負することはない。
ストレートのフォアボールで5対4。
“あとひとり”
5番バッターを上手く攻め、高いバウンド“ボテボテ”のゴロが三遊間へ転がる。
「勝った!」
と思った。
そこにいた誰しもが…。
野球の指導者が使う格言にこんな言葉がある。
「転がせ!」
捕って終わりのフライとは異なり、ゴロの場合はまず捕球し、他者が待つ塁上へと送球し、それを他者が捕球してアウトとなる。
フライをアウトにするのに必要な動作は“捕る”という一つだけ。
ゴロは“捕る”、“投げる”、そして“捕る”という三つの動作が必要となる。
「転がせは何かが起きる」とよく言われるのはこういう理由からだ。
今思えば、絶体絶命のピンチに東海大翔洋中が徹底したのがこの「転がせ!」だったように思う。
結果的にこの打ち取ったはずの“ボテボテ”のゴロは内野安打となり同点となった。
まるで優勝したかのように湧き上がる東海大翔洋中ベンチ。
野球は“コワイ”…。
最後のアウトを取るまで何が起こるか分からない…。
そんなことはもちろん分かってはいたが、まさか自分のチームに起こるとは…。
抗いようのない大きな流れが相手へと向かう。
次の回、三ヶ日中はダブルプレーなどで無得点…。
そしてその裏、相手のバッターの強烈なゴロが一塁線を抜けていく…。
試合が終わった…。
試合直後3位の表彰式が行われた。
息子が所属する、世界で最も愛する野球チームは“県大会3位”という好成績をあげることができた。
優勝候補(結果は優勝)を“あと一歩”まで追い詰めた。
右のエースの好投は眩しいほどの輝きを放っていた。
キャプテンの勝ち越し打は身震いがするほどの衝撃だった。
そしてベンチを含めたチームワークには涙が出るほどの感動を受けた。
それらの一つひとつが優勝に値するプレーだった。
スタンドで観戦していた父兄、その他のお客さんも大きな拍手を送ってくれた。
みんながこの試合に、このチームに拍手を送ってくれた。
自分自身も、精一杯の拍手を選手たちに送った。
が、キャプテンは泣いていた。
スタンドからも見えるほど、大粒の涙を流していた。
今年のチームの目標は“県大会優勝”。
2年連続での“全国大会出場”だ。
決して“ベスト4”ではない。
確かに頂上は見えた。
あと一歩、という所まで迫った。
が、届かなかった…。
彼らはまだ“目標”を持ち続けることができる。
“県大会優勝”という目標を持ち続けることができるのだ。
残された大会は「全日本少年軟式野球大会」と「中体連」(だぶん…)。
この大会で手にしたモノは自信とチームワーク、そして“目標”の再確認。
目標を失うことなく、中学の野球生活の最後までプレーすることができるという“幸せ”を手に入れたのだ。
そう思えばこの敗戦にも意味がある。
彼らの物語はこれからがクライマックスなのだから。